プロ野球のセ、パ交流戦も終盤を迎え、好調の巨人、オリックス、不調の広島など明暗を分けている。

その中で6月11日、札幌ドームでの日本ハム―巨人で先発した大谷翔平投手に注目が集まった。大谷が日本人最速のスピードボールを投げるかに興味が集中したようだ。

大谷はこの試合で、花巻東高時代と今年4月の広島戦と過去2度マークした自己最速タイとなる160キロを1球投げた。

プロ野球ではクルーン(横浜―巨人)の162キロが最速で、日本人選手ではヤクルトの由規が2010年に投げた161キロが最も速いとされている。

人間の本能として最も速く、高く、強くといったことにあこがれる。だから、大谷のように大きな注目を集めることは自然の成り行きなのだが、最近のスポーツマスコミを見ていると、やたら球速にこだわる傾向がある。

投球内容以前に取り上げることもまま見られ、本末転倒ではと思うことも多々ある。数字が持つ説得力と魅力は否定しないが、魔力もあることを忘れてはならない。

▽剛速球を投げた大学2年生

大谷の巨人戦は七回途中まで投げ4安打1失点で6奪三振。失点は159キロを村田修一に安打された後、亀井善行に158キロを三塁打された。

大谷からは日本最速達成を特別意識した話は聞かれないし、巨人・村田は「球速表示を意識することなく打席に立っている」と話すように、選手たちは「結果としての160キロ」と捉えている。

15日に東海大の優勝で終わった全日本大学野球選手権で、一番注目されたのが創価大2年生右腕の田中正義投手だった。大会出場投手中で一番速い球を投げていた。

直球は常時150キロを超し、最速は154キロ。実際に見た印象では、球速表示以上の迫力があった。

打者に「怖い」と思わせる剛速球を投げる投手だった。昔のボールファンなら山口高志(関大―松下電器―阪急)を想像してもらえばいいだろうか。ただ、田中は「154キロは最速ですが、球速表示より打者がどう感じてくれるか」と、報道陣の球速中心の質問をかわしていた。

▽ファンサービス

野球界でスピード測定器、いわゆるスピードガン(商標登録名)を使っていたのはスカウトたちだった。アマの投手がどれだけの速球を投げるかを見ていた。

テレビの野球中継で画面のスピードを表示したのは1979年の日本テレビだと言われている。そして各球場のスコアボード等にファンサービスとして球速表示がお目見えした。

機器の違いや測定する場所、角度によって違いがあり、だから球場によってばらつきがある。由規が出した161キロは神宮球場で、他球場に比べ少々甘く設定されているのではないかと言われているのは、そんな事情がありそうだ。

昔の速球投手たちはどんな球速を投げたかがいつも話題になる。伝説の沢村栄治や金田正一、山口高志、江夏豊、杉浦忠、梶本隆、外木場義郎ら数多くの速球自慢たちが何キロの球を投げたか。

昔のバロメーターは奪三振だった。その点、今のファンははっきり数字が示してくれるから幸せである。

西武に入団したばかりの松坂大輔(現メッツ)が初の「160キロを出したい」と挑戦を公言したりしたが、確か2キロぐらい及ばなかったと思う。それでもファンは球場に足を運んだものだ。それほど速球には引きつけられるものなのだろう。

ただ、数字には魔力もある。数字を気にするあまり、自分のピッチングを見失うこともあるからだ。

日本ハムの斎藤佑樹が早大時代に一度150キロを出して「目標を達成できてうれしい」と聞いたとき、多少の違和感があった。速球で勝負するタイプではないからだ。

それより140キロぐらいの球に磨きをかけ、緩急で投球の幅を出すことに専念すべきだった。斎藤に限らず、無理に力を入れる投げ方は、故障の原因にもなる。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆