「強豪国のコピーではなく、日本独自のスタイルを持つべきだ」

かつて日本代表を率いたイビチャ・オシム氏をはじめ、多くの指導者がこの言葉を語っていた。ただ、これまでは日本独自のスタイルというのが、具体的に見えてこないというのも事実だった。その答えをアルベルト・ザッケローニ監督が出してくれたような気がする。

6月にブラジルで開幕するワールドカップ(W杯)登録メンバー23人が発表された。メンバーの組み合わせを考えると、戦い方が容易に想像できる。技術と機動力、それに組織力を武器にしたサッカーだ。

過去4度のW杯メンバー発表。それは限られた人材をやりくりしてのものだった。監督の目指す理想のサッカーはあるものの、戦術に沿った人選が難しいので戦い方も限定された。今回のザッケローニ監督は、複数の選択肢のなかから日本人に適したサッカー、監督本人の理想の戦術を表現するぜいたくを許された人選だったのではないだろうか。

フィールドプレーヤー20人という人数を考えた場合、すべての戦術を可能にする人選はどの国でも難しい。なにかを捨てなければならないのだ。日本が捨てたのは攻撃における高さだった。

一般的なチーム編成のなかでは、通常はストライカーに長身選手を一人は入れる。現在のチームであれば豊田陽平、ハーフナー・マイクの候補がいたが、ザッケローニ監督は彼らを選ばなかった。一つには日本代表がこれまで高さを生かして効果的な結果を得られていないこともあったのだろう。長身ストライカーに対しては、どの国もそれを封じる屈強なストッパーを持っている。相手選手とのプラスマイナスで空中戦に大きな効果が見込めないとなれば、より日本人が力を発揮する地上戦に戦力を集中させるのは自明の理だったのだろう。

2012年2月24日のアイスランド戦以来となる大久保嘉人の招集。ザックジャパンのなかで1試合しか出ていないということで「サプライズ」色が強くなったが、昨年のJ1得点王のメンバー入りはなんの驚きでもない。逆に必然だったといえる。

31歳の年齢ではあるが、ここ2シーズンの大久保のパフォーマンスは、「なんだ、こいつ」と思わせた、国見高校で高校3冠を成し遂げたときと同じ迫力を見せる。さらに、本人の「やれる自信はある」という言葉には初出場の選手より説得力がある。4年前の南アフリカ大会で世界を体験した者だけが発することのできる重みだろう。

闘志をむき出しにして戦える男。大久保の加入はチームに大きな可能性をもたらした。現在、Jリーグでゴールに見放されている柿谷曜一朗のポジションでもすんなりと使える。さらに4年前の岡田ジャパンではサイドで起用されて攻撃とともに献身的な守備力も発揮しているだけに、このポジションでの起用もあり得る。そうなれば今シーズンのブンデスリーガで15ゴールを挙げた岡崎慎司をマインツと同じ1トップに据えることも可能。攻撃のオプションはかなり豊富になった。

現在の日本代表を見ていると、いい意味でかつてのメキシコのような道のりをたどっているような気がする。かつてのメキシコは、北中米・カリブという地域の特性もありW杯の常連ではあったが、本大会では世界と勝負できるチームではなかった。それが1986年の自国開催のW杯以降、確実にステップアップして、いまや強豪国に名を連ねる。そのメキシコが技術と走力を生かした現在のスタイルを確立したのが、ボラ・ミルチノビッチによる指導だった。

日本はそのメキシコに比べれば、過去2回決勝トーナメントに進んでいるのだから進歩は早いかもしれない。ただ過去4回のW杯は、いずれも確立された日本のスタイルではなく、率いた監督のスタイルだった。

今回のメンバー発表の場でザッケローニ監督は「相手に合わせず、自分たちのやりたいことをやる」と自ら主導権を握ったサッカーを演じることを宣言した。根拠となったのは、攻撃的なプレーでイタリアと好勝負演じた昨年6月のコンフェデレーションズカップ、オランダと引き分けベルギーを下した昨年11月の欧州遠征があることは疑いない。ある程度の助走期間を経たいま、ゴールを積極的に目指すサッカーこそが、日本の将来につながる唯一のサッカーともいえる。

W杯開幕まで1カ月を切った。ブラジルでは初めて「これが我々のスタイルだ」という日本の戦い方が披露されることだろう。守備の国、イタリアから来た監督が日本に植え付けた攻撃サッカー。メキシコ人がミルチノビッチの名を忘れないように、ザッケローニの名も日本人の心に刻みつけられるような大会になってほしい。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている