昔はこんな陰口をたたかれたものだ。「カープが強いのはこどもの日まで」

ところが今年の広島は勝率6割台で5月15日現在、首位を快調に走っている。いつにも増してユニホームの赤が強く見える。熱狂的なことで知られる広島ファンが23年ぶりのリーグ優勝を期待するのは当然だろう。

ヤクルトの本拠地、神宮球場のスタンドが今年は大きく赤に染まっているのは“身を潜めていた"在京のカープファンが詰め掛けるからだ。

昨季、広島は野村謙二郎監督4年目で初めて3位となり、クライマックスシリーズ(CS)に出場した。知り合いからCS出場が決まったときの地元の中国新聞送られてきたが、まるで優勝したかのような紙面でやたら赤色が目立っていた。地元の期待の大きさを感じた。

▽辛抱強く若手を育てる

広島が昨年に続いて上位で戦っている理由は、外国人選手の活躍も大きいのだが、これまで辛抱強く使ってきた若手選手が成長したからである。

また、投手陣では二桁勝利がある程度計算できた大竹寛がFAで巨人入りしたのは大きな痛手だったが、大黒柱の前田健太を中心に新人の大瀬良大地(ドラフト1位、九州共立大)九里亜蓮(同2位、亜大)でその穴を埋めている。

広島は他球団と違って企業がバックにあるわけではなく、言ってみれば松田元(はじめ)オーナーの個人所有である。いかに経費を切り詰めるかが大きな問題だった。

かつてのように1試合1億5千万円ともいわれた巨人戦のテレビ放送権料も、いまではそんな金額は入らない。ただ、現在のマツダスタジアムができて5年目。旧広島市民球場時代ではままならなかった球場内の飲食、看板広告収入料も手にすることができるようになった。

なによりこの新スタジアムと連動した広島駅前再開発にも着手しているようで、まさに、地元密着の球団としての存在感を発揮している。

▽サンフレッチェが刺激に

2011年の福井優也(愛媛・斉美高―早大)、12年の野村祐輔(広島・広陵高―明大)と東京六大学のスター選手を1位で獲得しており、大学出の即戦力投手の補強が目に付く。

カープの黄金時代を築いた山本浩二(法大)をはじめ、広島県出身の大学選手を入団させてきた歴史もある。高校出の選手だと年俸は抑えられるが、やはり勝つには少々の出費は覚悟しないといけない。

久しぶりに「優勝」に本腰を入れ出したな、と思っている。

カープは、サッカーJ1で2連覇中のサンフレッチェの躍進に刺激を受けているようだ。

ともに地方の弱小球団として苦労してきただけに、思いは一つではないだろうか。札幌、仙台、福岡の地方都市ではプロ野球とJリーグが切磋琢磨できる関係にある。

友人でもある東広島市のゴルフ場、賀茂カントリークラブの中谷崇男社長は電話口で「やはりカープ、サンフレッチェ両球団の活躍は市民を元気にしている。景気もよくなっている雰囲気がある。スポーツの持つ力は大きい」と話した。

中谷社長は県内の元高校球児だけに、「強いカープ復活」を誰よりも願っている一人だ。

▽赤ヘル軍団誕生

5月10日に東京・お茶の水にあるニコライ堂で行われた故根本陸夫氏の追悼ミサに参列した。根本氏は元広島監督でその後西武やダイエーで監督などを務めた。亡くなってもう15年になる。遺影を見ながら、まず思ったのはカープのことだった。

広島球団が大きく変わったのは1975年の初優勝。そのときの監督は古葉竹識・現東京国際大野球部監督だが、その基礎を築いたのは同年に監督になったジョー・ルーツだった。

ルーツを推薦したのが根本氏だった。ルーツは監督就任してわずか15試合目の阪神戦でボール、ストライクの判定をめぐって退場し、そのまま退任した逸話の持ち主。審判に文句を付けたのは「弱い球団だといつも不利に判定される」からで、体を張って抗議したのである。

選手の意識を変えるためでもあった。それまでの紺色のユニホームを「強さを象徴する赤」に変えたのも、コンプレックスを吹き飛ばす目的で、その後は「赤ヘル」が広島の代名詞になった。

市民の呼びかけた「樽募金」で球団を存続させ、カリブ海のドミニカに「カープアカデミー」という野球学校もつくった。新人補強も名前にとらわれない独特のやり方で、個性的な選手を多く生み出した。広島県生まれの私はファンではないが、この球団には注目してきた。地方球団の象徴的存在だったからだ。

そういえば、最近のメジャーの試合でよく見る「守備の変則シフト」。例えば引っ張り専門の左打者に一、二塁間に内野手が3人守る。日本でも見られるようになったが、この「変則シフト」を考えだしたのが広島だった。王貞治全盛の50年ぐらい前のこと。

コンピューターを使って王選手の打球を分析し、「王シフト」を編み出し、あっといわせたものだ。

FA選手を引き止めない方針で金本知憲や新井貴浩が阪神に入り、昨年は大竹が巨人に。いくら知恵と工夫と言っても限界はある。エース前田のメジャー行きも覚悟しているというが、これを広島だけの問題にしていいのだろうか。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆