ソチ冬季五輪の日本勢は海外開催では最多となる8個のメダルを獲得し、国内は大いに盛り上がった。東京本社でスキーを中心に受信業務に携わり、頭の中で大相撲とリンクする出来事が多々あった。

出だしのヤマ場は、フリースタイルスキーの女子モーグルだった。5大会連続で五輪に出場した上村愛子が悲願のメダル獲得に挑戦した。今季前までは、同じ所属の後輩、伊藤みきへの期待度の方が大きかった。ふたを開けてみると、けがで棄権した伊藤に対し、34歳の上村は予選を通過。3段階に分けられた決勝では1回目に9位となり、2回目には6番目の成績で、上位6人による3回目に残った。メダルを懸けて最初に滑った上村は、難コースに負けない直線的なターンでコブを攻め、迫力満点にゴールした。滑りに満足したのか、レース後は涙を流した。あとに滑った3人に抜かれて、またしても4位とメダルには届かなかったが、インタビューでは「とてもすがすがしい気持ち。五輪をすごくいい思い出で終われる」と笑みを浮かべた。

現役に別れを告げる際、同じく「すがすがしい」という言葉を口にした力士がいる。相撲に詳しい方なら、すぐに思い出されるだろう。2003年初場所で引退した横綱貴乃花だ。若貴ブームで一時代を築き、故障を抱えながら並々ならぬ情熱で土俵を務め上げた。同年1月20日の引退会見で心境を問われ「非常にすがすがしい気分。心の底から納得している」と、肩の荷が下りたような表情で話した。人一倍の鍛錬を積む一方、「勝負師として、努力することは当たり前のこと。だから人前で『頑張ります』なんて言えない」というストイックな姿勢で22度の優勝を重ねた。雪に覆われたゲレンデと、土でつくられた土俵。舞台は違うが、ひた向きに競技へ取り組んだ人たちだからこそ、到達できる境地があることを教えてもらった。

今回の五輪は本命が優勝できなかったことも目立った。個人的に衝撃が大きかったのが、スノーボード男子ハーフパイプで第一人者のショーン・ホワイト(米国)が五輪3連覇を逃したことだ。初制覇した06年トリノ五輪の試合会場で、演技を目の当たりにした。高く飛び出してボードをつかむ姿は、一人だけ空中で止まっているようで、写真で一コマを切り取ったかのような美しさだった。4年前のバンクーバー五輪では決勝の1回目で早々に優勝を決め、2回目では、あえて自分が編み出した大技に挑んだ。失敗していたら格好悪かったが、しっかりと決め、王者が持つ精神力の強さを披露した。

今回も優勝は堅いと予想されたが決勝で2回ともバランスを崩し、4位に終わった。対照的に、15歳の平野歩夢が銀、18歳の平岡卓が銅メダルと日本の若者が奮闘した。2人とも大舞台の重圧をものともしない元気の良さで、スターのホワイトを上回った。

相撲界ではここ数年、横綱白鵬が君臨している。ますますの充実ぶりで、1月の初場所で28度目の優勝を果たした。9日に大阪市で始まる春場所でも優勝候補筆頭で、しこ名に“ホワイト"の文字が入っているが、こちらは簡単に崩れそうな気配はない。より長期的な観点に立つと、06年初場所の栃東(現玉ノ井親方)以来、国産力士の優勝がない。日本出身力士の奮起が待たれて久しいが、白鵬、日馬富士の両横綱を中心にしたモンゴル勢をはじめ、海外出身者に阻まれている。

初場所で190センチ、183キロの逸ノ城が幕下15枚目格付け出しでデビューしたり、春場所では191センチ、177キロで有望な照ノ富士が新入幕を果たしたりと、モンゴル出身力士の成長が続く。石川県出身の幕内遠藤が躍進するが、この状況を打破するには1人だけでは心もとない。例えば中学卒業後で入門し、10代のうちに幕内へ昇進するとか、平野と平岡のように、どこか突き抜けた存在が出てこないと厳しいのではないか。ホワイト不在の表彰台に立つティーンエージャー2人を見ながら、そう感じた。

高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビーなどを経て03年からはゴルフを取材。その後、大相撲担当も兼ね10年からキャップに。