ソチ冬季五輪が開幕する。日本勢は複数の金メダルが期待され、その分、重圧との戦いにもなるだろう。「厳しい練習、周囲からのプレッシャー。苦しんだら苦しんだ分だけ見返りはあるものです」。2008年北京五輪の柔道100キロ超級で優勝した石井慧の言葉を思い出す。柔道界の異端児は金メダルを獲得し、今は総合格闘技で挑戦を続けている。

21歳で五輪を制した後、プロの世界へ飛び込んだ。柔道界に残っていれば、その後のロンドン五輪、リオデジャネイロ五輪も狙えた。安定した生活も保証されていたかもしれない。それでも「世界一強い男になりたい」と純粋な思い一つで、新たな分野へ突き進んだ。

09年の大晦日にプロデビューした当時はまだ日本のプロ格闘技界は活気があったが、人気は下降していった。練習環境と闘いの場を求めて、米国ロサンゼルスへ拠点を移した。「こっちでは柔道の金メダリストなんて誰も知らないですよ」という環境で、黙々と汗を流した。

プロに転向してから丸5年が経過した。練習中心の生活で、自分で車を運転し、様々なジムへ練習に出かける。当然のように通訳はおらず、日常生活や練習では不自由のない英語力も身につけた。さらに磨きを掛けようと、最近は英会話学校に通う。

試合は時折、日本の格闘技イベントに出場するが、海外を中心に活動している。ブラジル、ロシア、ニュージーランドなど飛び回り、地道に経験を積む。柔道の投げ技を使うものの、打撃、寝技と連係させ、立派なプロファイターとなっている。デビュー戦からの戦績は11勝2敗、1引き分け。昨年は12月31日にアントニオ猪木の主催する団体のイベントに出場してチャンピオンとなった。

今では、総合格闘技はMMA(MIXED MARTIAL ARTS)と呼ばれ、米国のUSAトゥデイやスポーツ専門局ESPN、AP通信なども野球やサッカー、ボクシングなどと同じく一般スポーツとして扱う。MMAの団体で最高峰に位置するのが「UFC」で、トップ選手は年間数億円を稼ぐ。世界の格闘家がその大舞台を目指す。石井も屈強な選手がそろうヘビー級で12年からここまで7連勝をマークしており、そろそろUFCのスカウト網に引っかかってもおかしくない状況にある。

順調に成長を続ける27歳。サッカーのイタリア1部リーグ(セリエA)の強豪ACミランで背番号「10」を付ける本田圭佑と同い年だ。昨年7月には歌手の林明日香さんと結婚し、私生活も充実している。世界へ大きく羽ばたくことを期待したい。

森本 任(もりもと・まこと)1998年、共同通信入社。プロ野球担当として阪神、日本ハムを担当。08年北京、10年バンクーバー五輪では柔道、スキーなどを取材。11年1月からニューヨーク支局で米スポーツをカバー。

(ソチ五輪の関係で本欄はしばらく休載し3月5日付から再開します)