全国高校サッカー選手権は13日に決勝が行われ、富山第一が星稜(石川)に3―2で競り勝ち、初優勝を果たした。後半25分に0―2とされながらもロスタイムに追い付き、PK戦がちらついた延長後半終了間際に勝ち越すという劇的な展開に、東京・国立競技場に詰め掛けた4万8千人を超える観客は大いに沸いた。

北陸勢の代表2校が決勝で高校日本一を争ったのは92回を数える大会でも初めての出来事だった。冬場の練習確保の面などハンディが多く“サッカー不毛の地"とも言われてきた地域がいかにして躍進を遂げたのかを探るのが取材テーマの一つとなった。関係者から話を聞くなかで、一つの鍵となったと思われたのが「中日本スーパーリーグ」という地域リーグの存在だった。

1998年に北信越の5校が中心となり、東海4校、近畿1校を巻き込んで計10校で発足した。グラウンドが雪で覆われて試合もままならない冬季に温暖な地域に遠征し、試合機会を確保しようという試みだった。立ち上げに関わり、事務局長を長く務めた星稜の河崎護監督は「静岡や関東のサッカーどころと、対等に戦えるようにしたかった」と振り返る。富山第一も設立に名を連ね、切磋琢磨してきた仲間の一つだ。

星稜高時代に日本代表MF本田圭佑(ACミラン)も経験を積んだ同リーグは現在、「ジャパンユーススーパーリーグ」と名前を変え、Jリーグの下部組織など40チームが集まるリーグに成長した。北陸勢にとっても、実戦を通じて全国レベルを体感できる重要な育成の場となっている。北陸の指導者の創意工夫でつくられた地域リーグはまさに、地方から全国への扉となった。

決勝の激戦を終えたピッチでは長年にわたり監督として富山第一を率いて強豪に育てた長峰俊之部長と河崎監督が歩み寄り、互いの健闘をたたえ合う姿があった。河崎監督は「北陸のチームが活躍できるようにスーパーリーグを始めて、冬場から練習試合を重ねてきた。同じ気持ちだったと思う」と言う。地域サッカー浮揚のために尽力してきたまさに同志といえる2校が、今回の決勝で相見えたのも決して偶然ではないだろう。

鉄谷美知(てつや・よしとも)1977年生まれ。仙台市出身。2002年に共同通信入社。福岡支社、大分支局を経て07年に大阪支社運動部へ。ボクシング、サッカーなどを担当し、12年4月から運動部。