かつて同じような光景を目にしたような気がする。記憶を掘り起こすと、自分の学生時代にたどり着いた。

試験が間近になると、毎回のように真面目に出席している友人のノートをコピーした。試験勉強の材料をそろえるためだ。ただそれだけで勉強した気になり、結局は材料を使い切れない。テストの結果は散々だった。

その意味でこの人は、僕に似ている。マンチェスター・ユナイテッド(マンU)の監督デビット・モイズのことだ。頑固そうなスコットランド人は、優秀な人材を数多く手元に置くのが趣味で、有効に使うことを仕事と思っていない。

名門マンUに招かれるくらいだから悪くはない監督なのだろう。ただ常勝を義務づけられるチームの指揮官としては、力不足の感がある。

この手の監督は、自分の采配がうまくいかない原因を選手の質に転嫁する傾向がある。そして必要もないのに、新しいタレントを、一人、もう一人と手に入れたがる。

欧州の冬の移籍期限が今月末に迫った1月25日、マンUがスペイン代表のファン・マタを獲得したと発表した。移籍金は推定でクラブ史上最高額となる3710ポンド(約63億円)だという。

ジョゼ・モウリーニョがチェルシーの監督に復帰して以来、出場機会が減っていたとはいえ、マタの実力と実績は疑いないものだろう。昨シーズンのプレミアリーグでは、2列目の選手ながらウェイン・ルーニーと同じ12ゴールを挙げている。スペイン代表でこそシャビ、アンドレス・イニエスタ、セスク・ファブレガスという大スターの陰に隠れるが、それでも2010年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会の優勝メンバーであり、12年の欧州選手権決勝では自らのゴールでタイトルを手にしている。さらにクラブレベルでもチェルシーで11―12年のUEFAチャンピオンズリーグを制覇。25歳でこれだけの主要タイトルを手にしている選手も珍しいだろう。

監督というのは自分の意思で獲得した選手を重宝したがる。マンUの香川真司と同じ2列目のポジションを見た場合、ルーニーの存在は別格だろう。それでも今シーズンから加入した18歳のアドナン・ヤヌザイが香川より重用されるという現実を見れば、選手起用というのは監督の好みなのだ。そこにクラブ史上最高額の移籍金で、香川とポジションのかぶるマタが加わる訳だから、香川の出場の機会はかなり危ういものになってきた。

ブラジルW杯を6月に控え、香川がこのような状況に置かれているのは日本のファンには何とも心配だ。香川の周辺には移籍のうわさが絶えないが、代理人は「マンUに残るだろう」と否定している。ただこれも移籍マーケットが閉まる1日、2日の期間で急転直下の可能性は十分にあるのではと思っている。

サッカー選手にとって、W杯がすべてではない。とはいっても特別なものであることに変わりはない。南アフリカ大会で優勝メダルを手にしたにもかかわらず、プレー時間はわずか20分余り。今回のマタもまた、移籍について「W杯のメンバーに入るため」と明言している。

苦境に立たされている香川は心配だが、ザックジャパンの主力となるほかの海外組の動向をみると明るい話題もある。中でも絶好調なのはブンデスリーガ、マインツの岡崎慎司だろう。

シュツットガルトではサイドでの起用が多く、得点という結果を残せなかった。そのためにストライカーとしての起用を求めて開幕前に移籍。希望する1トップでプレーすることで前半戦では8ゴールを挙げた。

ウインターブレーク明けの1月25日の試合でもその勢いは衰えず、古巣のシュツットガルト相手に前半39分、今季自身の9ゴール目を挙げた。これで得点王争いではポーランド代表のロベルト・レバンドフスキ(ドルトムント)の11ゴールに2ゴール差と迫るランキング4位。ドイツで最も権威のある専門誌「キッカー」でも、この試合のマン・オブ・ザ・マッチに選出された。

点を取るためには何事も恐れない。シュツットガルト戦での得点も岡崎らしさが出た。決してスマートではない。しかし、中盤からロングボールが出た瞬間にDFラインの裏に飛び出すタイミングのよさ。さらに飛び出したGKの直前でもヘディングでボールをコントロールする勇気。「生涯、ダイビングヘッド」の座右の銘を地でいく果敢さは、彼ならではのプレーだろう。

しかも、ここ9試合で8ゴール。本来のストライカーとしての本能が覚醒されてきたのではないだろうか。

選手に給料を払ってくれるのは所属クラブだ。特に各国の代表レベルの選手が多数ひしめく欧州のクラブは、起用法で選手個人のW杯でのコンディションを考慮してくれることは、まずないだろう。彼らに最も大切なのは、自チームの勝敗。それが結果的にもクラブの経営にも関わってくるのだから、1番重要視するのはリーグであり、UEFAチャンピオンズリーグも含めたカップ戦なのだ。

超一流クラブに移籍して、試合出場もままならぬ香川。一方、移籍して自分の居所を見つけた岡崎。海外組に限らないが、自分にフィットしたクラブを見つけるというのも、なかなか難しそうだ。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている