リーグでの落胆を歓喜に換えた元日決戦。現国立競技場での最後の決勝戦となった天皇杯は、横浜F・マリノスが見事な戦いぶりでリーグ王者のサンフレッチェ広島を2―0で下し、タイトルを手にした。

高校選手権などはまだ大会途中だが、基本的に日本のサッカーシーズンはここで終わりである。

以前ならばトップカテゴリーでプレーする選手は、シーズンオフに入って体を休める時期だろう。だが年末年始の二ユースを見ていると、それは一昔前のことだったということに気付かされる。

Jリーグが1993年に開幕した当時、サッカーは日本国内だけで完結するものだった。それは日本がワールドカップ(W杯)に出場するようになっても、当初は大きくは変わらなかった。日本が初出場を飾った98年W杯フランス大会の登録メンバーは、すべてJリーグ所属の選手で占められた。

4年後の2002年日韓大会。日本代表の中にいわゆる「海外組」が出現した。それでも川口能活、稲本潤一、中田英寿、小野伸二の4人だけ。残り19人の登録メンバーはJリーグでプレーする「国内組」だった。

日本代表というチームの中に「時差」が生まれたのはジーコ・ジャパンからだった。主力の多くが海外組で占められるようになり、欧州と日本という生活時間の時差が生まれ、さらに欧州のリーグとJリーグというシーズンの時差も生まれた。

基本的に秋に開幕し、春にシーズンを終える欧州のリーグ。Jリーグのシーズンを終えて欧州に渡る日本人選手は、ある程度チームとして固まったところに飛び込んでいく形となる。しかも、言葉も通じず生活環境も違う国へ。そこに飛び込んでいくには相当な勇気がいるだろう。特に4年に1度のW杯の開催年に、日本代表への招集の可能性が高い選手が新天地を求めるのは、外野から言わせればかなりリスクの高いことだ。

1月7日、ブンデスリーガ(ドイツリーグ)2部の1860ミュンヘンが鹿島アントラーズの日本代表FW大迫勇也の獲得を発表した。

確かに現在のブンデスリーガは、バイエルン・ミュンヘンとボルシア・ドルトムントの2チームが昨年のUEFAチャンピオンズリーグの決勝を争ったことからも分かるように、世界最高峰のリーグであることは疑いない。イタリアのセリエAやスペインリーグに「世界最高峰リーグ」の座を一時譲っていた感のあるドイツだが、1980年代の隆盛を再び取り戻した感じだ。ただ、多くの人が疑問に感じたのが、大迫が選択したのがなぜ「2部」リーグのチームなのかということだ。

チーム名からも分かる通り1860年に創設されたTSV1860ミュンヘンは、同じ町に本拠地を置く1900年創立のバイエルン・ミュンヘンに歴史こそ勝っているものの、これとして目立った存在ではない。リーグ優勝回数はバイエルンの最多23に対し、1回(1966年、これだけでもすごいかもしれないが)。2004―05シーズンからここ10シーズンは2部リーグが定位置となっている。

唯一このチームが世界に知られるエピソードを残しているとしたら、若き日のフランツ・ベッケンバウアーをテストで不合格にしていること。後に“カイザー"(皇帝)と呼ばれる男はバイエルンに入団し、その後の数え切れない栄冠を手にすることになる。

W杯を半年後に控えたこの時期、大迫の選択は果たして正しかったのか。ブンデスリーガ2部の中位に位置するチームのレベルはよく分からないが、技術的にはおそらくJ1の上位チームより劣るだろう。ただ、言えるのは、大迫はこのチームでも成長する可能性が高いだろうということだ。

これまで多くの日本人選手が欧州に渡っている。その中で純粋なストライカーと呼べるのは、オランダに一時いた平山相太(現FC東京)の例だけ。日本代表レベルで言えば大迫が初めてになるだろう。

1860ミュンヘンは基本的に4―1―4―1のフォーメーションを採用しているという。大迫のポジションは相手から最も厳しいマークを受ける1トップだ。これはどこの国にも共通するのだが、2部リーグのDFというのは技術をフィジカルで補う傾向がある。その厳しいマークに合うことで、大迫はこれまで少し物足りなかったポストプレー時の体の強さを確実に高めるだろう。さらに、リーチの長い相手と常に対戦することにより、外国人選手の間合いというものを会得するだろう。それはW杯に出場した場合の戸惑いの少なさにつながる。

入団会見で大迫は「成長するためには環境を変えなければならない。点を取ることだけを考えたい」と言ったという。この言葉で、やっと日本にもゴールにこだわる良い意味でのエゴイストが誕生するのかと予感した。

香川真司の例を見るまでもなく、2列目のポジションではいくら強いチームにいてもボールが回ってこない場合もある。ただ、1トップは違う。どんなレベルのチームでも、このポジションには回数の違いこそあれ、確実にボールは入ってくる。そのチャンスを大迫は、どう生かすのか。

「時差」の関係の休みなしというリスクはある。それを無事乗り切って、ゴール量産の土産を持ってのW杯メンバー入り。そうなれば素晴らしい。大迫の年初めの英断が、日本のファンにとっての良い初夢だったと言える日が来ることを願っている。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている。