重い雲が空を覆っている。空気も冷たい。天気予報は、このあと雪が降ると伝えている。

12月のこの時期、東京でこのような天候になると、いつも思い出す光景がある。1987年のことだ。

あの冬の東京は、週末ごとに雪が降っていたという記憶がある。12月6日に行われたラグビーの早明戦。そして同じ国立競技場で1週間後の13日に行われたトヨタカップだ。

現在、モロッコで開催されている国際サッカー連盟(FIFA)クラブワールドカップ(W杯)。その前身が欧州チャンピオンと南米王者が世界一の座を懸けて戦うインターコンチネンタルカップだった。日本ではスポンサーの名を冠してトヨタカップと呼ばれていた。

クラブの世界王者を決める大会は当初、欧州と南米のホーム・アンド・アウェーの2試合で争われていた。しかし、タイトルに懸ける情熱がヒートアップしたことにより、ラフプレーが続出するようになった。これにより欧州側に対戦を拒否するクラブが出ることになり、大会は存続の危機にひんしていた。そこで中立地の東京での一発勝負で81年からタイトルを争うことになったのが、トヨタカップだった。

トヨタカップは、当時の日本人にとって世界トップのサッカーに接する唯一の機会だった。日本では決して見られることのないレベルのサッカーを肌で感じることができた。欧州対南米の対決の構図で2004年まで行われた大会は、日本人にとってサッカーの生きた見本だった。

そのトヨタカップ25大会の歴史の中で、唯一雪の国立競技場で行われたのが、1987年のFCポルト(ポルトガル)対ペニャロール(ウルグアイ)だった。当時、僕は来日したペニャロールの密着取材をしていた。その中で選手たちの多くは「雪を見てみたい」と口にしていた。なぜなら彼らは雪を見たことがなかったからだ。

彼らの望みは、皮肉にも試合当日にかなえられた。試合前から大粒の雪がピッチを真っ白に覆い、相手ゴールさえおぼろげにしか見えない状況で試合は行われた。1―1から延長にもつれ込んだ120分の死闘。最後はポルトのアルジェリア代表マジェールのシュートが雪だまりでコースを変えペニャロールのゴールに転がり込んだ。

常に満員が当たり前だった、トヨタカップ史上、唯一スタンドに空席の目立ったこの試合。肩を落としながら引き揚げるペニャロールの選手たちの言葉がいまでも耳に焼き付いている。「雪ってこんなに冷たいものだとは知らなかった」。その様子を見ている僕の肩をたたいた人物がいた。試合前に「優勝したらインターコンチネンタルカップを持って一緒に写真を撮ろう」と声を掛けてくれた紳士だ。それが現ウルグアイ代表監督のオスカール・タバレスだった。

キックオフ直前まで、審判団が開催をためらった試合。日本のサッカー界はこの雪で世界中の視線から、あるものを隠し通すことができた。国立競技場の芝生の貧弱さだ。この2年前からトヨタカップでは、冬枯れで茶色くなった芝生に、緑色の塗料を散布しテレビ映りを良くする方法がとられていた。

しかし、これはあくまでもごまかしでしかない。当時、国立競技場の芝生を管理していた鈴木憲美さんたちの耳には、トヨタカップで来日する各チームからの苦言が告げられたという。「世界でも有数の経済大国のナショナル・スタジアムの芝生が、なんで枯れているのか」と。

この状況を放置していただけでも、当時の日本という国のスポーツに対する無関心さがうかがえる。その日本の芝生環境を劇的に変えたのが、鈴木さんたち国立競技場のグランドキーパーの皆さんの努力だった。

それまで夏芝しか植えていなかった国立競技場のピッチに、冬芝の種を蒔く。都合の良いことに、タイミング的にチャレンジが許された。1990年の世界陸上のために国立競技場が大改修される。普段であれば年間スケジュールで埋められ、新しい試みが難しい「国立」で、1989年9月に初めて冬芝の種が試された。

トヨタカップが東京で開催されてから9年目。その年の12月17日、ACミラン(イタリア)はナシオナル(コロンビア)を下し2度目の世界一のタイトルを手にした。その中で日本の人々が驚いたのは、高いプレーの質以上に、冬の日本でもこれほどの芝生が育てられるのだという新しい発見だったのではないだろうか。

Jリーグが始まって20年。日本がW杯に当然のように出場する時代となり、緑の芝生はサッカーとセットと言うのが当たり前になった。だが、ほんの20年前を思い起こせば、現在の当たり前は多くの人の努力の積み重ねによって築かれてきたものだということが分かる。

現在は定年退職した鈴木さんに、芝生の改善が日本サッカー強化につながったかをたずねたことがある。鈴木さんは笑いながら「パスをつなぐサッカーが多くなったね」と答えていた。いまの日本代表のスタイルだ。

現在の国立競技場で、サッカーの最後の試合が行われるのは、来年3月5日の日本対ニュージーランド戦。天皇杯、高校選手権も含め、もう国立競技場で行われる試合は数えるほどだ。そのピッチの芝生の鮮やかな緑が、雪に覆われることなく最後まで人々の目に映っていてほしい。そんな気持ちになる雪雲の1日だ。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている