「知らないものは、見えない」

人間が日々、生活していく中で起こりうる事象。そのすべてにこの言葉は当てはまるのかもしれない。そしてサッカーにおいては、「知る」と「知らない」ではプレーヤーの質に大きな差が出てくる。

たとえば左サイドのオープンスペースに味方がオーバーラップしたとする。右サイドでボールを持った選手は、そこに届くキックの技術を持ち合わせていなければ、当然サイドチェンジのパスを蹴ることはない。選手は練習や試合を通し、自分のキックが届く位置までしか見なくなる。たとえ視界にオープンスペースが映っていたとしても、パスを送り届ける技術を「知らない」と、それは「見えない」のと同じなのだ。

2013年のJ1得点王、川崎フロンターレの大久保嘉人。彼は今シーズン、いままで見えなかったものが、31歳になって急に見え始めたのではないだろうか。日本の生んだ最高のストライカー釜本邦茂さんが「シュートコースがポッカリと空いて見えるんだよ。そこに打てば入るんだよ」と語っていた。その研ぎ澄まされた点取り屋の奥義を、大久保も免許皆伝した感がある。

「DFにマークされながらも、止まった状態から一瞬で相手を抜き去ることができる。あの能力は日本人にはないよ」

あるJクラブの関係者が語っていたが、以前の大久保は高い身体能力を持ちながらも個人的にはいまひとつ信じ切れなかった。それはチャンスを作り出す回数に比べて、ゴールの決定率が低かったからだ。ジーコ・ジャパンに招集され、FWとして使い続けられても得点がない。いつしか僕の周囲では「FWはゴールを決めてなんぼだろう」という大久保に対しての不満、日本代表を愛するが故の苦言が出るようになった。

07年、ヴィッセル神戸に移籍して、当時の松田浩監督から左サイドのMFを任されることになり、ゴール前での脅威こそ多少薄れたが、大久保自身のサッカーの幅を広げた。本人も「チームのことを考えるようになった」と語るように、エゴイストがチームプレーヤーに変わったのだ。

結果的にそれは、10年のワールドカップ(W杯)のレギュラーにつながったのだから、喜ぶべきだろう。ただ、個人的にはシュートの正確性が増せば日本を代表する点取り屋になるのに、もったいないとの感はあった。

サイドアタッカーとしての大久保は、もろ刃の剣だと感じていた。この人はピッチ外のちょっとシャイな性格とは違い、試合になると急に何かのスイッチが入ってしまう。闘争心の塊になってしまうのだ。それが悪い方に出たときは「そこでファウルをしなくても」という無用なカードにつながってしまう。

さらに守備に体力を費やした中でのゴール前の決定機には、シュートの正確性を欠く。そのような場面は、南アフリカW杯でも見られた。

J1が現行の34節になった05年以降、ワシントン、マグノ・アウベスに並ぶ史上2位タイの26ゴール。09年にヴォルフスブルクから日本に戻ってきて以降大久保は、2桁得点はおろか4シーズンで25得点しか挙げていなかった。それが突然の変貌。最大の後押しとなったのは、守備を免除された1トップで起用されたことだろう。

多くの役割を求める監督が多い中で、点を狙うことだけに専念させる。野性児は一つの目的だけを与え気持ち良くプレーさせておけば、本来持つポテンシャルが高いだけに結果に結び付けられる。その意味で風間八宏監督の起用法は、見事に当たったといえるだろう。

相手から無理にボールを奪わなくてもいいからカードももらわない。出場停止もなく33試合に出場した大久保のゴールシーンを振り返ると、多彩という言葉が当てはまる。ヘディングでの得点こそ1ゴールしかないが、一つの形に偏るのではなく、左右両足でバランスよくゴールを陥れている。これは相手DFにすれば的を絞り切れず、かなり厄介な相手だったはずだ。

その中でも確実に変わったのは、ロングやミドルレンジからのシュートをフカさなくなったことだ。最終節の横浜F・マリノス戦の決勝点につながったペナルティーエリア外のシュートもそうだが、確実にゴール枠をとらえる。本人も「ミドルシュートのこつをつかんだ」と語っているが、第22節のアルビレックス新潟戦、第23節の大宮アルディージャ戦と連発した長距離砲は、欧州などに比べてシュートレンジの短いJリーグでは、あまり目にすることのない豪快な得点シーンだった。またこのキャノン砲があるからこそ、相手DFは間合いを詰め、逆に大久保はその逆を取ってDFの背後に抜けるというプレーの選択肢が生まれるのだ。

相手DFと入れ替わる一瞬のスピード、狭いスペースでもフィニッシュに持ち込む左右両足のシュート、そして小柄な体には似合わない体の強さ。アイデアの豊富さも加え、W杯で対戦するギリシャなどが最も苦手とするタイプが、大久保のような選手だ。その意味でサック・ジャパンは大久保に席を残しているのだろうか。多くの人が感じていることではないだろうか。

それにしてもサッカーという競技は奥深い。JリーグのMVPに輝いた横浜FMの中村俊輔しかり、川崎の中村憲剛しかり、30歳を超えて以前にも増してこの競技の本質が「見えてくる」選手は多い。

今シーズンのJリーグ。確かに多くの若手が台頭した。だが、その中で抜群の存在感を放っては、ベテランの域に達してきた多くのオジサンたちだったのではないだろうか。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている