見栄えのするダイビングキャッチやジャンピングスローを、果たして何度見たことがあっただろうか。8月26日に今季限りでの現役引退を表明したプロ野球ヤクルトの宮本慎也内野手の話だ。球団担当だった昨年までの2年間、毎試合のようにプレーを見たが、記憶をさかのぼってもグラウンドを飛び跳ねる姿が思い浮かばない。その年度に守備で活躍した選手をポジションごとに記者投票で選ぶゴールデングラブ賞の受賞は、セ・リーグ最多の10度を数える。同賞の最年長記録も合わせ持つ名手のプレーは、派手や華麗といった表現とは無縁だった。担当時代、好プレーを好プレーと感じさせない玄人受けする守備を見るのが、私は好きだった。

正確な送球が、宮本の武器だったと思う。長く遊撃手を務め、30代後半から三塁手にコンバートされた。一直線で見るからに速い、強肩を誇るような送球とは違った。どちらかといえば柔らかく、それでいて一塁手のミットにスポッと収まるのが不思議だった。41歳で迎えた昨年の春季キャンプで、その秘けつを尋ねたことがある。「自分でも肩の力はいつ落ちるかと思ってやっていたけど…」と笑いながら「積み重ね。キャッチボールを肩慣らしじゃなく、スローイングの延長と思ってやっている。小学生の時は、キャッチボールを一日やり続ける練習の日もあった」という答えが返ってきた。

宮本のキャッチボールは、投手のように体を大きく使い、相手の胸元に投げるのが特徴的だ。「正しい投げ方が身に付いているんだと思う」と言った。実際の守備でも、腰を落とした捕球体勢から、そのまま流れるように体全体を使って投げる。肩だけに頼らないから、体格や体力の衰えにあまり左右されない。上下左右にもぶれない。2011~12年にかけて、長嶋茂雄の持っていた三塁手としての連続守備機会無失策(連続シーズン)のリーグ記録を更新した。ベテランとなっても、少年野球でたたき込まれた送球の正確さは球界随一だった。

「今は、打つけど守れない選手が多い。僕らが入った頃は、打てないけど守りはいい、という選手がいた」と懐かしんだこともある。毎年1月は、後輩を連れて松山市で自主トレを行った。温泉につかって練習の疲れを癒し、昼間は緩いゴロを捕っては投げるという単純作業を、若手にひたすら繰り返させていたのが印象に残っている。

昨春には通算2千安打を達成して打撃でも成功を収めたが、本質はやはり守備にこそあった。「一生懸命はみんなやる。それ以上やるのがプロ」との言葉が忘れられない。今では少なくなった昔気質の選手でもあった。13年のシーズンは佳境に入り、そのプレーを見られる機会も残りわずかとなった。職人の矜持が詰まったグラブさばきを、目に焼き付けたい。

小海雅史(こかい・まさし)1982年生まれ。東京出身。2005年共同通信社入社。福岡支社で大相撲やサッカー、プロ野球ソフトバンクなどを取材。11年から東京でヤクルトに続き巨人を担当。