日本が3連覇を逃したワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で、今までになかった大きな武器を手に入れた投手がいた。広島のエース、前田健太だ。「WBCのマウンドを経験して、いっぱいいっぱいになることもなくなったし、余裕もできた。それなりに結果が出て、自信がついた」と昨季までとの違いを口にした。24歳の右腕は今までになかった確固たる「自信」を胸に、ペナントレースで例年と比較しても抜群の安定感を見せた。5月14日現在、6試合を投げて4勝1敗、防御率は両リーグトップの0・64を誇る。

3月10日、東京ドームでのWBC2次ラウンド1組2回戦でヤクルトのバレンティンらを擁するオランダを相手に5回を投げて1安打9奪三振、無失点の快投を披露した。これで日本の主軸として認められた。楽天の田中将大は精彩を欠いた投球が続いたこともあり、立場は完全に逆転した。過去、松坂大輔ら大黒柱が登板した準決勝を任され、「エース格」から「エース」へ。1988年生まれのいわゆる“ハンカチ世代"の構図に変化が起きた。

負い目をこぼしたことがある。「自分はプロに入ってから日本シリーズやクライマックスシリーズみたいな舞台で投げたことがない。そういう舞台で投げてみたい」。2010年に投手の主要3冠に輝き、沢村賞も獲得したが、チームは開幕から下位に低迷した。早々に上位に大きく引き離され、事実上の消化試合でタイトルを目指して投げるしかなかった。最優秀防御率に輝き、最多勝を最後まで争った昨季も、14勝のうちDeNA相手が6勝あった。「最下位を相手に白星を稼いだ」という世間の声もあるなど、結果ほど周囲からの評価は芳しくなかった。

一方、同年代でしのぎを削る坂本勇人、沢村拓一(ともに巨人)や田中、吉川光夫(日本ハム)らはプレーオフを経験した。テレビの映像で躍動するライバルの姿を見て、大きな葛藤があっただろう。「日の丸を付けて投げたい」という思いとともに、一投一打をめぐる緊迫した大きな試合で登板したいという気持ちも強かった。それだけに、念願だったWBC日本代表のユニホームを着て大舞台で登板する姿は楽しげにさえ映った。準決勝は好投実らず敗れたものの、憧れのマウンドでの登板は緊張感よりも充実感が漂っていた。

昨季、自身が降板したあとに味方のミスが相次いで逆転負けした試合で「最悪の試合。負けて残念では駄目」と負けることに慣れたようなチームに苦言を呈すなど、勝利に対する渇望は人一倍ある。WBCで世界の野球関係者へその存在を強烈に印象づけ、お茶の間にも「マエケン」の名を浸透させて迎えた今季、山内泰幸投手コーチが「進化している」と評したように、球団初のクライマックスシリーズへ向けての快投が続く。けが人続出のチームをエースがどこまで支えることができるか。レギュラーシーズン終了後にカープの背番号18がマウンド上で躍動する姿を楽しみに待ちたい。

杉山勝則(すぎやま・かつのり)1984年生まれ。山口県周南市出身。2008年共同通信入社。本社運動部、大阪運動部を経て、10年末から広島支局で主にカープ担当。