4月29日に行われた全日本柔道選手権で、日大3年の原沢久喜が初出場で決勝進出を果たす快挙を成し遂げた。最重量級のエース候補として今後の成長に期待がふくらむが、高校時代は無名だったこの原沢の素質を見出し、ここまでの選手に育てたのが日大柔道部の金野潤監督(46歳)である。選手時代には全日本柔道選手権で2度の優勝を誇り、初優勝した1994年の決勝では吉田秀彦に蟹挟を連発、死闘を繰り広げた勝負師と言えば思い出す人も多いだろう。

2001年に選手を引退後、米国留学を経て06年、コーチから監督に昇格。ここ2、3年で結果が出始め、昨年は学生の団体日本一を決める全日本学生優勝大会で準優勝。インターハイ優勝経験者などおらず、素質に恵まれているとはいえないチームながら、1997年以来遠ざかっている優勝にあと一歩のところまで迫った。この躍進の要因は何か。一つには選手時代、「早々に自分の才能を見限った」というリアリストで努力家だった金野監督らしいユニークな取り組みが挙げられる。読書感想文の提出に始まり、エアロビクスダンスのレッスンや栄養講習など、柔道の稽古とは離れたところで選手に刺激を与える「金野メソッド」とも言うべき指導である。

金野監督は言う。

「才能がないのであれば、人と同じ方向を向いていて勝てるはずがない。人と違うことをやり、2倍も3倍も努力をしなければ」。こうしたことは結果に直接反映するわけではないが、いくつもの経験が選手の中でつながって発想の転換が促され、それが試合にじわじわ表れる。この好循環を最近少しずつ実感し始めているという。

「監督はガーデナーみたいなものだと思っているんです。育つのは選手自身。監督は植物に肥料を与えるように情報やチャンスを与え、適した土に植えてやるように、合う環境を見つけてやる。そして最終的には、試合場で「『あれ? 今日って金野いたっけ?』と言われるような監督になるのが理想です。監督を頼らない、自立した選手になってほしいんですよ」

優秀な指導者ほど自分を消して、選手の力をただひたすら引き出すことに心血を注ぐが、金野監督もまさにそう。選手を信じてどんどん自分の存在を小さく、薄くしていこうとする。

ただし、である。ただ自由に芽吹くのを見守っているかと言えばそうではない。学生には生活面でそれなりに厳しいルールが基本設定されている。「うちは勉強第一で、練習には遅れてでもいいから授業に出るのが基本です。合宿所の門限は10時半で無精ひげも禁止。大学は人生修行の場。当たり前のことができる人間であってほしいんです」。これも理想に近づくための「金野メソッド」の一つと言えるのかもしれない。(スポーツライター・佐藤温夏)