4月18日、神宮球場の外野席で、担当するヤクルトの中日戦を見た。いつもならネット裏でスコアブックをつけているが、少し記者席を離れた。よく晴れた夜、×××を片手に、ある小説家に思いをはせながら。

プロ野球ヤクルトといえばID野球や職人肌の選手、そして僕にとっては小説家・村上春樹氏だ。1978年4月1日。村上氏は神宮球場の外野席でヤクルトと広島の試合を観戦し、デーブ・ヒルトン内野手が放った二塁打を見て小説家を志したという。有名な逸話だ。

「僕が『そうだ、小説を書いてみよう』と思い立ったのはその瞬間のことだ。晴れわたった空と、緑色をとり戻したばかりの新しい芝生の感触と、バットの快音をまだ覚えている」(村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』)

当時から35年がたち、球場も様変わりした。天然芝に替わり人工芝が敷かれ、電光式のスコアボードが設けられた。右翼席には今季からウッドデッキ調のテーブル付きの席もつくられた。それでも「風のない晴れた午後の神宮球場の外野席は少くとも東半球ではいちばん気持が良く、そして心温まる外野席だった」(村上春樹『雑文集』より)という心地よさは今も残っているように感じられる。

都会のど真ん中とは思えない緑に囲まれた球場を吹き抜ける風。三塁側スタンドに沈んでいく真っ赤な夕日。周囲のビルが放つ白々しい蛍光灯とは対照的な鮮やかな照明。売り子をつかまえ、各社のビールの飲み比べをしながら観戦したらどれだけ幸せだろうかと夢想する。

野球の見え方も、ホームプレート後方の記者席とは全く違う。右翼ポール際に陣取ると、目の前にいる右翼手の動きがやたらと気になる。三振を喫し、とぼとぼと実にさみしそうに守備位置に戻ってくるヤクルトのバレンティンの姿。バレンティンがきょろきょろ周囲を見回しながら投球に備えるのに対し、微動だにせず投手の動きに集中している中日の松井佑介の姿。中堅方向に移動すれば、また全く違う世界がそこにはある。プレーの大半が行われるマウンドや打席との適度な距離感が、未来の小説家にとって物思いにふける最高の環境だったのではないかとも思う。

ちなみに、冒頭の「×××」は村上氏が手にしていたというビールではなくコーラ。そして小説家になろう、という大それた思いは起こらなかった。

芹澤 渉(せりざわ・わたる)1980年生まれ。東京出身。週刊誌編集者を経て2008年に共同通信へ。大阪支社でプロ野球、独立リーグなどを取材し、12年末に東京に転勤しヤクルト担当に。