ロンドン五輪ボクシングで日本人として48年ぶりの金メダルに輝いた村田諒太がプロ転向を表明した。本人は早くも「世界の頂点に立ちたい」と力強い抱負を口にした。これまで日本のメダリストで3人がプロの道に進んでいるが、いずれも世界への道を断たれている。三者三様の挫折にボクシングの厳しさを痛感する。

メダリスト第1号はローマ五輪フライ級銅の田辺清。プロ転向後は持ち前の攻撃力で日本フライ級王座を獲得。1967年2月、時の世界フライ級王者オラシオ・アカバリョ(アルゼンチン)とノンタイトルで対戦した。田辺は積極的に仕掛け、6回TKO勝ち。一気に世界挑戦が内定した。しかし、田辺は挑戦を目前にしたキャンプ中に網膜剥離が発覚。無念の引退を余儀なくされている。あの勢いならアカバリョに勝てたのに…と誰もが思ったほど。田辺は「悲運の拳雄」の代表的なボクサーといえる。

東京五輪のバンタム級で日本に初の金メダルをもたらしたのが桜井孝雄である。サウスポーからのテクニックは秀逸で、プロでも世界王者が期待された。68年7月、世界バンタム級王者ライオネル・ローズ(オーストラリア)に挑戦。ローズはファイティング原田からタイトルを奪っており、桜井への期待度は大きかった。桜井は2回、左カウンターで先制のダウンを奪った。その後も落ち着いて試合を進めたが、終盤に入り、優勢を信じて消極的になったのが敗因。惜しくも小差の判定で敗れている。

68年メキシコ五輪でバンタム級銅メダリストの森岡栄治は「プロ向きのファイター」といわれた。激しい打ち合いが身上で、パンチ力もあり、どこまで世界に通用するか、と注目された。しかし、現実は厳しかった。タイトルに縁がなく、網膜剥離のため引退に追い込まれた。打たれすぎたのが致命的な欠点。天性のパワーを生かすためにディフェンスを磨けば違った結果が出ていたかもしれない。

さて、村田はどうだろうか。ミドル級ということもあり、ファンの関心度は相当なものである。五輪で見せたように、根性がピカ一。打たれても前進を忘れない攻めの気持ちが最大の武器だ。今後、帝拳ジムで練習を積むのも好材料。同ジムは数々の世界チャンピオンを輩出しており、村田が刺激を受けるのは間違いない。大いなる成長を楽しみに待ちたい。(津江章二)