今、満面の笑みを浮かべているのは昨年10月に地獄の淵を覗いた男、オードリー・ハリソン。41歳。一方で、半年前に彼を奈落の底に突き落とし、栄光の頂点までもう至近距離と思われていた29歳の英国最大のヘビー級ホープ、デビッド・プライスが初の挫折に喘いでいる。五輪でメダル獲得の実績を誇る英国の両雄が「オリンピアンの激突」のキャッチコピーのもと、対戦したのは昨年10月13日のリバプール。待望の一戦と呼ぶには、かつては女王陛下から勲章も授与されたこともあるハリソンのシドニー五輪スーパーヘビー級優勝の威光も10年以上に及ぶプロ生活での「王座戦での勝負弱さ」によって消えかかっており、無理があった。

案の定、北京五輪の銅メダリストにしてプロ転向後は全勝、英国王者にして英連邦王者、今をときめくプライスの敵ではなく、わずか初回82秒KOでハリソンは倒されている。ところが、今年2月23日、両者の明と暗が一晩にして入れ替わってしまう。リバプールでは、「ヘビー級の絶対王者」ウクライナのクリチコ兄弟への挑戦を睨んだプライスがその前哨戦で、安全パイのはずのトニー・トンプソン(米国)にまさかの2回KOで敗れる大波乱。そして奇しくも同日、ロンドンでは英国名物「プライズファイター・トーナメント」に参加するハリソンの姿があった。

8名参加の3回戦制の勝ち抜き戦で、優勝者は一夜にして3試合を勝たねばならない激戦必至の大会だ。優勝者にとっては世界王座挑戦も夢でなくなるほど、出場者のレベルは高い。事実、元欧州王者、元世界王座挑戦者、古豪、新鋭らが参加した今回も、ハリソンの優勝を予想する者はほとんどなかった。ところが、ハリソンと同大会には不思議な相性の良さがあった。かつて2009年10月開催の同大会においても、その前年に本業は北アイルランドのタクシー運転手のマーティン・ローガンに敗れ引退同然と思われていたにもかかわらず奇跡の優勝を果たし、これをきっかけに世界ヘビー級王座挑戦まで実現させている。

そして今年2月、奇跡が再び、ハリソンに訪れた。準決勝では因縁のローガンに雪辱を果たし、決勝ではデリク・ロッシー(米国)を2回TKOに下したハリソン。プライスが初黒星の同じ夜、堂々の「プライズファイター」優勝である。(草野克己)