2月、ある高校柔道の大会が福島県三春町で行われた。

大会名を「女川町長旗争奪復興支援全国高校選抜錬成三春大会」という。

福島県の三春町で開かれたのに「女川町長旗」という冠を頂いているのは、2年前の東日本大震災により女川町(宮城県)で開催できなくなった大会を、三春町が引き継いで開催しているから。そのため大会名は「復興支援」と「三春」がプラスされて、ちょっと長い。

もともとこの大会は「東北から高校日本一のチームを作ろう」を合い言葉に、東北の高校柔道に携わる有志が中心となって、2006年、女川町の全面的支援により始まった。全国から強豪を招待してハイレベルな試合を実現、毎年秋の新人戦として定着しつつあった。震災によって中止に追い込まれたのはその矢先のことで、関係者の落胆も大きかったという。

しかし、そこで立ち上がったのが三春町の田村高校柔道部顧問(当時)下山田惠一さんだった。「せっかく灯った東北の高校柔道の灯りを消してはいけない。ぜひ三春でやりたい」。温厚で控えめな下山田さんは指導者仲間の人望も厚かったが、この申し出にはさすがに驚いた人が多かったという。郡山市に隣接する三春町も沿岸部ほどではないとはいえ、被災している。近隣からの避難者を受け入れ、仮設住宅も建ち並ぶような状況で大会なんてできるのか、と。ところが三春町は驚くべきスピードと決断でその熱意に応えるのだ。

事情を聞いた鈴木義孝町長が町議会にはかると賛成多数で開催を決定。しかも町は「女川町長旗」という名前を残したままでの開催を条件とした。鈴木町長は言う。「我々は女川でもう一度開催できる日まで大会を預かるという思いで開催を決めました。ですから、我々の使命は大会を残すこと。そのためには名前も残しておかなければ」

こうして「女川町長旗」は、約200キロ離れた三春町で存続し、今年2月、2度目の開催を迎えた。今回は24チームが参加して熱戦を繰り広げ、中国・青島市からジュニアチームを招待。復興に加えて国際親善という新たなミッションも加わった。大会は変化しながら、女川での復活を待つ。

ここ最近、柔道についてのネガティブな話題が続き、柔道界と世間との常識のズレがたびたび指摘されている。何が常識かという定義もまた難しいが、三春町で女川町長の冠大会を行うことも、ある意味で常識の枠を超えている。こんなに粋でハッピーな常識外れなら、いくらでも大歓迎だ。(スポーツライター・佐藤温夏)