昭和の大横綱大鵬の納谷幸喜さんが死去した1月、大相撲初場所で独特のポーズで人気を呼んだ高見盛が引退したが、角界の歴史を塗り替えた1人の力士も土俵生活に別れを告げた。番付外に落ち、前相撲から史上初めて関取に返り咲いた元十両の北勝国だ。

179センチと決して大きな体ではないが、右を差して積極的に攻める相撲を磨いて番付を上った。苦労人は昨年名古屋場所で負った右脚の故障が原因で引退を決意した。最高位は東十両6枚目、十両在位は通算7場所だった。今後は北海道函館市で就職するという。

明るい人柄で誰からも愛された。大勢の仲間と連れだって飲みに出かけるなど、部屋のムードメーカーだった。同い年の隠岐の海は「相撲だけじゃなく、性格も天才。何でもできる人」と一目置いた。たとえ同期とはいえ、最高位まで上り詰めた白鵬が断髪式に駆けつけ、同じ山形県出身の佐渡ケ嶽親方(元関脇琴ノ若)が音頭を取って送別会を開いたことからも人間性がうかがえるだろう。

慢性的な故障を抱えた右手首は計3度の手術を受けた。折れかけた気持ちを立て直し、8場所連続の休場で番付外に落ちた後に2010年秋場所で前相撲から再起。そこから目覚ましい勢いで番付を駆け上がった。序ノ口、序二段、三段目、幕下をすべて1場所で通過したのは、ともに横綱まで昇進した羽黒山、照国に続く史上3人目の快挙で、一昨年の秋場所で十両に復帰した。

印象に残っている言葉がある。関取に復帰した場所で北勝国の復活ストーリーを書こうと師匠の八角親方(元横綱北勝海)に話を聞いた。最後に「まだまだこれからに期待しているんだよ」と言われた。普段から弟子には温かくも厳しい言葉を投げ掛ける親方。てっきり満足せずに幕内昇進を目指せという意味と受け取った。当然、それも含んでいたが、真意は別にあった。北勝国の硬軟併せ持つ性格に「いい親方になる」と指導者の適性を見いだしていたからだ。今回あらためて八角親方に聞くと「若い衆に人気があったし、真面目だった。遊び心もある。この世界に残したかった…」と寂しげに語った。

実は長引く休場で番付が急降下した間に気持ちが引退に傾いたことがあった。そんな時、復活への手術を勧める八角親方は「これは幕内に上がるための手術だ」と呼び掛け、幕内に昇進した暁には2代目北勝海のしこ名を授ける考えを伝えた。北勝国は師匠の熱い思いに号泣した。「うれしかった。それだけ思ってくれていたんだと…。それで(現役続行の)決心がついた」

北勝国は言う。「あの日やめなくて、あのまま終わらなくて良かったとすごく思う」。残念ながら新入幕も視界に捉えた矢先の負傷で、2代目北勝海への道は夢半ばで断念することになった。それでも、苦難を乗り越えて十両に舞い戻ったことで、やり切ったという感覚が胸の内を占める。

これから番付外に転落して関取に再び昇進する力士がまた生まれるかもしれない。その時、ファンは思い出すだろう。かつて角界で初めて前相撲から関取に復帰したのは誰かということを。確かな足跡を土俵に残した27歳の北勝国は「明るい未来が待っている」と笑って新たな世界に旅立った。

木村 督士(きむら・ただし)1979年生まれ。大阪府出身。05年共同通信社入社。大阪運動部を経て10年12月から本社運動部で様々な競技を担当。