女子柔道選手による監督告発に絡み、何人もの人から聞かれた。「レスリングはどうなの?」。同じ格闘技で日本のお家芸の一つともなっているのだから、そういう疑問を持つのはもっとも。私の答えは「何度か見聞きしています」。日本レスリング協会の役員に名を連ねてはいるが、職業はジャーナリスト。「ありません」などと虚偽の答えはできない。

だが、どこまでが暴力かという線引きは難しい。男子の全日本合宿での一コマ。スパーリングを終えたコーチが選手に「もっと気合を入れろ!」と左のほほを平手ではたいた。その選手は「もう一発お願いします」と言って右のほほを出した。コーチは仕方ないと言った表情で右ほほにも平手打ち。このやりとりを「コーチによる暴力」とは言えまい。

吉田沙保里選手も栄和人監督から強烈な平手打ちの洗礼を受けた一人。10年以上前になるが、あと15秒を守り切れずに逆転負けを喫した時、マットサイドで平手打ちがさく裂した。吉田選手が振り返る。「監督が私をオリンピックへ行かせようとしている気持ちが伝わってきました。世の中、自分のために本気で怒ってくれる人なんて何人もいないものです。あの一撃があったからこそ、今の私があると思っています」

格闘技をやるような人間なら、たるんでいる時に一発、二発殴られたくらいで訴え出るものではないとも思う。女子柔道の場合は、恒常的にあったことと連盟の体質への不満からの行動ではないかと察する。大阪・桜宮高校バスケットボール部の事件では、何人もの元アスリートが「体罰によって強くはならない」と主張している。その通りだと思う。

レスリング界には、いい例がある。拓大レスリング部では、10年ほど前から先輩による後輩への暴力は即退部という決まりをつくり実行している。西口茂樹部長は、発覚した時は前途有望な選手であっても容赦なく退部させた。もちろん指導者による体罰もない。ロンドン五輪では、そこで育った米満達弘選手が見事に金メダルを獲得した。(格闘技ライター・樋口郁夫)