本の街こと東京の神保町、三省堂書店のような威容を誇る大型書店の文庫本のフロアに現在、これでもかとばかりに平積みされている「推し本」が、ベストセラー作家の百田尚樹氏による『「黄金のバンタム」を破った男』(PHP文芸文庫)。一昨年に刊行された作品『リング』を改題、加筆・修正し文庫化されたものだが、日本で最初にボクシングの世界王座を2階級で制覇したファイティング原田(笹崎)の偉大さを再確認できるノンフィクションを、こうして容易に手にすることができるのはとてもありがたいこと。

原田引退から10年以上が経った1984年に発行の原田の自伝『ぼくファイティング原田です』(日之出出版)からでさえ、すでに30年近くが過ぎようとしているのだから。この2冊の著作の時間的推移においても、協会の会長職に就き、長きにわたってこれを務めるなど原田の歩みは止まっていない。だけれども、原田の好敵手だったもう一人の「元・時代の寵児」の時間の針はずっと静止している。原田の自伝が刊行された時点ですでに「今では消息すらわからない」とされた破滅型の天才的強打者、元東洋バンタム級王者の青木勝利(三鷹)の足跡は、今日に至っても依然、途絶えたままなのだ。

今年1月に他界した東京五輪金メダリストの桜井孝雄氏(三迫)は、プロ転向後の破竹の連勝街道の途中で、急激な下降線をたどっていた晩年の青木と対戦、判定で勝利しているが、剣豪の八方破れの構えよろしく青木が漂わせる強打の妖気は最後まで怖かったという。それよりも「あの人は気前が良すぎるからいけないんだ。人の喜ぶ顔がうれしくて、自分のものを全部あげてしまうんだから」との青木評が印象深い。確かにそうだ。68年1月の引退式では、欲しい知人にばらまいて2着しか残っていなかった豪華ガウンのうちの1着を惜しげもなく、さらには「青木勝利」の名前までもジムの後輩の佐藤稔に譲ってあげたくらいに。

「二代目青木勝利」を名乗った佐藤は、連敗後に「二代目」の看板を返上してしまうのだが。青木は引退後の69年6月、キック転向を華々しく発表、結局は諸事情でデビューに至らなかったが、会見での青木のセリフ「必ず男になって、いろいろいった連中を見返してやる」は、一世を風靡した男に相応しいあるべき着地点を今も探している。(草野克己)