北京五輪の米国代表の肩書を持つ無敗のウエルター級元アマエリートが、この10月27日に地元ブルックリンのリングでプロ転向後初となる王座戦を迎えていた。五輪では初戦敗退、メダルを獲得したわけではない。しかし、それでも彼にアマ時代からずっと熱い視線が注ぎ続けられるのは、観る者に輝かしい未来を予感させずにはおかない素質に加え、その出自からして英雄には欠かせない波瀾万丈のドラマに彩られている事実だ。

彼の名はサダム・アリ。両親はアラビア半島のイエメンからの移民であり、敬虔なイスラム教徒である。2006年、当時17歳のアリがアマの世界ジュニア選手権フェザー級の銅メダルを米国にもたらしたこの年、アマ界の関係者のほとんどが、世の中の不思議な巡りあわせに感嘆せずにはいられなかったはずだ。なにしろ、アメリカ合衆国政府が名指しで悪魔呼ばわりし、その首に懸賞金を懸けるほどに敵対視したイラクのサダム・フセイン元大統領が高等法廷で死刑判決を言い渡され、執行されたのも同年のこと。

連続多発テロ事件以降、アラブ系米国人社会への不当な偏見も危惧される状況下で、奇しくも米国が敵視したイラクの元指導者と同名のアラブ系の少年が、不振に喘ぐ米国アマ界の威信を取り戻す救世主的存在を期待されたのだから。

北京五輪ではゲオルギアン・ポペスク(ルーマニア)に初戦敗退も、伝統の米国アマ・ボク史上で五輪代表に選出された初のアラブ系米国人として歴史に名を刻んだ。プロ転向初戦は、北京五輪翌年の1月。4連勝で迎えた2010年2月の5戦目には、ESPNで初めて試合が生中継される。専門誌「リング」が2ページを割き、アリを報道したのが同年7月号。90年代を華麗に彩ったイエメン系英国人ナジーム・ハメドの破天荒なボクシングをテレビで見て魅了されてしまい、近所のジムに通い始めたものの入会初日にその厳しさに泣きだした8歳の頃の逸話などが紹介されている。

現在のアリは24歳。この若さで自ら興行を主催し、冒頭の初めて迎えたタイトル戦では、35歳のオクラホマの古豪ロニー・ウォリアーを2回KOに倒して、IBO認定ウエルター級インターナショナル王座に戴冠したばかり。前途洋々たる「ワールドキッド」こと、サダム・アリの戦績は16戦全勝(10KO)だ。(草野克己)