つい先日、受話器のむこうから元気のいい声が響いてきた。「ロッテに入団できました」。声の主は元西武のGG佐藤選手だった。2011年オフに西武から戦力外通告を受け、今年はイタリアのプロ野球でプレーした。「どう納得してユニホームを脱ぐか」を模索していた矢先に、西武入りした時の監督だった伊東勤氏がロッテの監督に就任した縁で入団テストを受け合格したのである。

▽伊東監督とGG佐藤

GG佐藤選手は「伊東監督に感謝してもしきれない」と再起を誓っている。GG佐藤選手は法大卒業後、米メジャーの1Aで3年間プレーしたが、2A、3Aへの昇格を果たせず、2003年秋に傷心の帰国となった。その直後にテストし、ドラフト7位で獲得してくれたのが当時の西武・伊東監督だった。まだ34歳。西武時代には3年連続20本塁打の実績もある。北京五輪の時、左翼でやらかした大エラーばかりがクローズアップされるが、右翼守備は安定していたし、右打者として右翼へ本塁打できるパワーがある。優勝を狙う伊東監督が情実だけで入団させる訳がない。けがに泣かされた苦い経験から10キロのダイエットもやり遂げた元1億円選手の復活がなるかどうか、彼の「プロ最終章」を見ていきたい。

▽外部招聘で立て直し

そのGG佐藤選手にチャンスを与えた伊東監督のロッテ入りには少々驚かされた。4年間務めた西武監督を2007年で退いて野球評論家となっていたが、この間伊東監督にもう一度ユニホームを着せたい人物がロッテ入りを画策するのを間近で見てきた。しかし、ロッテ側の答えはいつも「ノー」だった。

理由は「ロッテのOBではない」ことだった。この30年間のロッテ歴代監督を見ると、OB監督は山内一弘氏、有藤通世氏、八木沢荘六氏、そして今季まで3年間指揮を執った西村徳文氏ぐらいで、しかも短命で終わっている。もっとOB監督で勝ちたいという思い。さらに合理的球団経営を目指すロッテは、これまでも金田正一氏やバレンタイン氏など外部から大物を監督として招聘してきたが、その都度多額の投資を強いられてきた。こうしたことから、重光武雄オーナーがOBにこだわっていたようだ。

ロッテは1969年から球団を持ったことになっているが、今で言うネーミングライツ、つまり東京オリオンズの永田雅一オーナーにお金を出して名前を買ったのが始まりだった。だから、武雄オーナーは野球にあまり興味はなく、ビジネスとしてやっていると思う。ただ、ビジネス面からも「ロッテのイメージダウン」は避けなければならない。息子さんの重光昭夫オーナー代行は父君の意見を採り入れながら、チーム強化を図らなければならない苦労がある。2010年に西村監督で日本一になった後は6位、5位と急速にチーム力が落ち込んだこともあって、外部招聘で出直すことになったのだろう。

▽復帰への準備

西武での4年間の実績、第2回WBCでコーチを務めた経験など、昭夫オーナー代行は伊東監督を高く評価していたようだ。伊東監督は今年1年間、韓国プロ野球の斗山でコーチをして勝負の現場に立ったのも復帰への準備だったのだろう。案外、その時すでにレールが引かれていた可能性はある。

▽3人とも輝かしい球歴

伊東監督の就任で、西武の黄金期を一緒にプレーした3人の監督がパ・リーグにそろった。西武の渡辺久信監督、ソフトバンクの秋山幸二監督。伊東、秋山両氏が50歳、渡辺氏は47歳と同世代である。西武選手時代の成績はそうそうたるもの。数々の個人タイトルはもちろん、伊東氏はリーグ優勝14度で日本一8度、秋山氏は8度と6度、渡辺氏は10度と6度と常勝チームに身を置いていたのである。監督は広岡達朗氏と森祇晶氏だった。

私は西武担当記者として取材した関係で、3氏それぞれに思い出がある。伊東氏が入団した初の高知キャンプで同じ捕手出身の森祇晶コーチ(当時)が付きっきりで指導し伊東氏が肩を痛めそうになったこと、秋山氏は元阪急の強打者だった長池徳士打撃コーチの1年間の猛特訓に耐えたこと、渡辺氏の入団交渉を取材するため群馬の実家を訪れた時のその初々しい表情が印象的だったこと、などが浮かんでくる。3氏とも監督として日本一の経験を持つが、また新たな戦いに身を置くことになる。

▽人を育てる球団力

日本で名監督を多く輩出しているのは巨人で、ざっと挙げただけでも藤本定義、三原脩、水原茂、川上哲治、藤田元司、広岡、森、長嶋茂雄、王貞治各氏らだろうか。まさに球界の盟主として確固たる歴史を持つのだが、今回の伊東、秋山、渡辺の3氏を見て、巨人に次ぐ存在は西武であったことが分かる。監督の出身球団など問題にすべきでないという声も聞かれそうだが、後継者をうまく育てられない球団も多いだけに、やはり球団の歴史と伝統が作用していると思う。巨人、西武とも選手やコーチに厳しい。そこからいい人材が育ってくるのかもしれない。「球団力」を感じる。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆