9日のロンドン五輪サッカー女子決勝。女子日本代表「なでしこジャパン」は準々決勝のブラジル戦、準決勝のフランス戦で見せた新しいスタイルの堅守速攻で臨むのか。それとも、昨年のワールドカップ(W杯)で「女性版バルセロナ」と評された、パスをつなぐポゼッションサッカーを貫くのか。W杯での頂点に続き、五輪での金メダルを目指した、佐々木則夫監督率いるチームの集大成。米国との決勝で、日本は後者を選択した。

個人的には正しい判断だったと思う。確かに勝負事は、勝つことに越したことはない。年月が流れれば人々の記憶には、勝者の名前しか残らない。敗者は、いくら素晴らしい戦いを演じても、ほとんどの場合、内容は忘れ去られる。だからといって4年以上の歳月を積み重ねてきた自分たちのスタイルを捨て、もしこの試合に勝利したとしても、選手たちは納得しただろうか。その意味で日本は、自分たちの持ち味を最大限に発揮して、美しく、潔く散った。まさにグッドルーザー(美しき敗者)だった。

1次リーグ第3戦の引き分けを狙った南アフリカ戦も含め、決勝トーナメントに入ってからのサッカーの内容は、選手たち自身楽しいとは思っていなかっただろう。しかし、決勝に進むために割り切った。自分たちのスタイルを思う存分発揮するのは、おそらく決勝に進出してくるであろう米国との一戦だと分かっていたからだと思う。

互いが最高のライバルと認め合い、リスペクトの念を持って相対した頂上決戦は、フェアで、質も高く、女子サッカー界の歴史に残るハイグレードなゲームだったのではないだろうか。日本、米国ともにタイプこそ違え、お互いが自分たちのストロングポイントを最大限に発揮した内容。聖地ウェンブリー競技場で行われるにふさわしい、清々しいファイナルだった。

確かに振り返れば、悔やまれることもある。前半8分のロイドに奪われた先制点。サイドを突破したヒースに、なぜ近賀ゆかりはもっと寄せなかったのか。ヒースから横パスを受けたモーガンとの間合いを岩清水梓は、なぜ詰めなかったのか。さらに2点目を奪われた場面で、ロイドのカウンターに、なぜ阪口夢穂は体を当てて、スピードダウンをさせなかったのか。しかし、男子の得点場面も含め、サッカーとはこういうものだ。2列目からゴール前に入ってくる選手は捕まえにくい。この日、米国の全得点を挙げたロイドも2列目の選手。日本守備陣は、米国の誇る強力2トップ、ワンバックとモーガンを抑え込んだのだから、責めることはできないだろう。

見るべきものは、日本が攻撃に入ったときだった。ブラジル戦、フランス戦では、ほとんど相手のペナルティーエリアに侵入することができなかった日本だが、決勝戦は違った。パスをつなぎ、時間を稼ぐうちに複数の選手が米国の守備網のギャップに入り込んでいく。前半17分の沢穂希のスルーパスから左サイドを抜けた川澄奈穂美、大儀見優季の連続シュート。直後の川澄からのクロスに合わせた大儀見のバーをたたいたダイビングヘッド。いずれもGKソロの美技に阻まれたが、ゴールになっていてもおかしくない場面だった。

同33分の大野忍が中央に戻したボールを走り込んだ宮間あやが左足で合わせたシュート。これもまたバーに阻まれた。同38分に大儀見が戻したボールを大野が右足で放ったカーブをかけた技巧的シュートもわずかに外れた。その一本でも入っていれば、流れは大きく変わったはずだ。しかし、決勝はサッカーでよくいわれる「日本の日ではない」試合だった。

少しの運が欠けていた。それでもなでしこは、強さを見せた。後半18分の流れるようなパスワークからの日本のゴールは、なでしこの真骨頂だろう。宮間の縦パスを大野が受け、沢にマイナスのパス。沢のシュートは一度はDFに弾かれたが、それを沢が再びスライディングでつなぐ。そして最後は今大会好調の大儀見のプッシュ。宮間のパスが出る瞬間に日本はペナルティーエリアに4人が入り込んだ。そのなかにはチャンスの匂いを嗅ぎ分ける沢も。目の肥えた英国人をうならせる美しいゴールだった。

交代出場した岩渕真奈の後半38分のGKとの1対1も含め、数えれば米国よりも日本に決定的なチャンスは多かった。その前にたちはだかったのが女子サッカー界最高のGKソロ。米国の誇る守護神の壁は、高かった。

悔しい思いと、自分たちの力を出し切ったという思いが交錯する。複雑な感情のなかで、しかし、なでしこの実力を世界中の誰もが認めることとなったはずだ。昨年の7月17日、2―2からのPK戦で米国を下したチーム。メンバーこそ同じだったが、日本のチーム力は、あのときより確実に上がっていた。

試合後に見せていた涙は、表彰式には笑顔に変わっていた。そして多くの選手から聞かれた「チームメートを誇りに思う」という言葉。同様に日本国民は、なでしこのメンバーを誇りに思ったに違いない。その感情は、金メダルより価値があったのではないだろうか。

2012年の夏、なでしこの小さな花たちがサッカーの母国に刻んだ足跡。人々はその感動を忘れることはないだろう。日本中から注目を集め、信じられないプレッシャーのなかでたどり着いた決勝。敗れたとはいえ、日本女性の強さを見た。そして、この素晴らしいチームを、もう見ることができないのかと思うと、少し寂しい気がするのは、僕だけではないだろう。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている