サッカーが器械体操のように採点競技だったら、間違いなく敗れていただろう。しかし、サッカーは奪ったゴール数を争う競技。数少ない勝負どころを押さえた日本と、数多くあった勝負どころで詰めの甘かったフランスの差が、メダルを確定させたファイナリストと、まだなんの手土産も保証されない3位決定戦進出者の明暗を分けた。6日、サッカーの聖地ウェンブリー競技場で行われた、ロンドン五輪女子準決勝で、日本代表「なでしこジャパン」の試合を見ていて、そう思った。

決していい内容の試合が続いているわけではない。それでも日本は「金メダル獲得」を公言して、苦しみながらも本当に決勝戦までたどり着いた。自分たちにプレッシャーをかけながらも、それを現実のものとしてしまう。なでしこジャパンの、たくましき選手たちに、あらためて脱帽だ。

流れの中からのゴールの予感がほとんど感じられない試合だった。前半こそ日本の持ち味である細かいパス回しでボールを支配するものの、ペナルティーエリアには入り込めない。唯一の場面は前半32分の先制点を挙げたシーンだけだった。相手のミスが絡んだとはいえ、大儀見優季はよく決めた。そして、こぼれ球というのは、なぜか点取り屋の前に寄ってくるものだ。

後半開始直後の後半4分。結果的に決勝点となった阪口夢穂の2点目のヘディングシュートも見事だった。宮間あやという女子サッカー界では世界最高のプレースキッカーのFKの精度はもちろんだが、相手のマークを外した阪口の動きもよかった。さらにヘディングシュートのコースは、ここしかないというところに飛んだ。

しかし、安心して見ていられるのはここまでだった。フランスは次々に攻撃的な選手を投入。2点をリードした日本は、守りに入ったわけではないだろが、中盤の選手も含め、最終ラインが下がったことで、前に出て行く推進力を完全に失ってしまった。

ゴール前に人数を揃えて守るということは、一見安全なように思えるが、非常にタフでなければ持ちこたえられない。ペナルティーエリアに人が多いことでシュートコースは限られるが、GKは視界をさえぎられ、とても守備がしにくくなる。さらにボールを跳ね返しても、簡単に相手にボールを拾われて、波状攻撃を受け続ける。相手にキープするボールに合わせて走らされることで、守る側は体力的にも精神的にも消耗してくるのだ。

案の定、守備に回った日本は、フランスの猛攻に耐えられず、1点差にされる。さらにその直後に、阪口が相手を倒してPK。流れは完全にフランスのものとなった。

日本にとっての幸運は、そのPKをフランスが外してくれたことだろう。もし決められていれば、フランスはさらに畳み掛け、日本はそれに耐えられるだけの余力を残していなかったのではないだろうか。

男子のサッカーと、女子のサッカーの最大の違い。それはGKの質の差だ。ファインセーブでチームを救うという意味では、男女ともに差がないのだが、女子の試合では得てしてGKの重大なミスで試合が決まってしまうことがある。日本が昨年、初優勝を飾ったワールドカップ。準々決勝の丸山桂里奈の決勝ゴールは、ドイツGKのミスから生まれた。右サイドからの丸山のシュートは、GKの正面のなんの問題もないボールだった。しかし、セービングをしてみたかったのか、ドイツGKは先に倒れた。しかも、セオリーにはあり得ないゴール方向に。そのために足下のコースが空き、その失点が結果的にFIFAランキング2位のドイツをロンドン五輪から締め出した。女子サッカーでは、GKがいかに簡単なボールを確実にさばいてくれるかが勝敗の鍵を握る。その意味で今大会の日本の守護神・福元美穂のプレーは安心して見ていられる。

4年前の北京五輪。3位決定戦のドイツとの試合は、厳しい見方をすれば失点の要因を作ったのは福元のミスだった。さらにロンドン五輪前のフランスとの親善試合の1点目の失点も、厳密にいえばポジショニングミス。シュートそのものを防げたかどうかは分からないが、少なくとも相手FWとの1対1になった時点で、シュートコースを狭めるために、もっと前に出なければいけなかった。大会前は、福元の出来がメダル獲得を左右すると思っていただけに、見事に修正して大会に臨んだ守護神のプレーには敬意を表したい。準決勝の押し込まれたフランス戦。立役者は間違いなくゴールマウスに立ちはだかった福元だった。永遠の長さにも感じられる4分のロスタイム。最後の最後に訪れた絶望的なピンチ、ルナールのシュートを足で奇跡的にブロックしたのも福元だった。

なでしこは、パスをつなぐというこれまでのスタイルとは違う、新たな戦い方で勝利を収め、引き出しをまた一つ増やした。自分たちのスタイルを外れても戦える日本を、まだ米国は知らないはず。決勝が楽しみだ。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている