時代の流れの早い現代、まして総合格闘技がここまで沈滞している状況下では、8年前の試合を覚えている人などほとんどいないかもしれない。2004年大みそか、大阪ドームにおいて鳴り物入りで総合に挑戦し、完膚なきまでにやられた五輪金メダリストが、ロンドン五輪のマットで輝いていた。

2004年アテネ大会のグレコローマン96キロ級で、エジプトのレスリング界に76年ぶりの五輪金メダルをもたらしたカラム・イブラヒム。主催のFEGがどんなルートで交渉し、ファイトマネーがいくらだったかは定かでないが、現役の五輪王者をリングに上げることに成功し、期待をいだかせた。

ここで豪快に勝利すれば団体のエースとして活躍できたのだろうが、勝負の世界は無情だった。藤田和之のパンチの前にあえなく撃沈。その道の練習を本格的にやっていなければ、レスリングの五輪王者とて総合の世界では相手にされない現実を示す結果となった。

この時25歳。五輪V2も不可能ではないと思われたレスラーは、五輪王者になって栄誉と富を得たためか、あるいはこの「番外黒星」のためか、その後は泣かず飛ばず。北京五輪で13位となったあと姿を消した。仕事に専念していたという。

しかし昨年秋にマットへ戻り、1階級下の84キロ級で五輪予選に勝ち抜いて3度目の五輪出場を果たした。半年間で予選を含めて7つの国際大会に出場。精力的な活動が実り、五輪では決勝に進出。ロシア選手に敗れて金メダルはならなかったが、「半年間でここまでできたのは上出来」と手ごたえをつかみ、「やはりここ(マット)がいい」と、来年の世界選手権のみならず2016年リオデジャネイロ五輪も目指すことを宣言。その表情は生き生きとしていた。

猫も杓子も総合へ行った時代は終わりを告げた。レスリング選手はレスリング選手のままでいい。柔道選手は柔道選手のままでいい。自分の選んだ道で最強を追求すればいい。総合も、他競技のトップ選手を引き抜いてのその場しのぎの話題づくりでは長続きしないことが分かったと思う。草の根レベルからの充実をはかり、長い期間をかけて再興してほしいと思う。(格闘技ライター・樋口郁夫)