野球の独立リーグが全国的な話題になることはほとんどないが、今、米独立リーグで全米の注目を集めている選手がいる。1人は大リーグ通算354勝のロジャー・クレメンスが独立リーグ球団と契約、50歳投手が8月25日に登板を果たした。早速、大リーグ復帰かと大騒ぎになっている。もう1人が大リーガー119勝の65歳投手、ビル・リーで、なんと完投で最年長勝利記録を自ら更新した。その対戦相手は、日本の独立リーグでも投げていたナックルボーラー、吉田えり投手が所属するチームだった。吉田投手はその前日に今季4勝目(6敗)をマークしていた。

リー投手の試合は観衆1200人だったが、クレメンスの登板には約7700人が詰め掛け、スタンドは超満員だったそうだ。そんな話題を目にしながら頭に浮かんだのが、日本の独立リーグをつくった男、元西武の石毛宏典氏のことだった。

▽石毛氏の狙いは「受け皿づくり」

石毛氏は、ダイエー時代の1997年にコーチ留学した米国で目の当たりにしたのが独立リーグの若い選手たちだった。「3A、2A、1Aにも届かない選手が大リーグを目指し、上へはい上がろうと必死。日本ではプロ野球は1チーム70人枠から増えず、社会人野球も全盛時の3分の1の80チームに減った。野球をやりたい若者の受け皿を日本でもつくりたい」。こんな石毛氏の思いが2005年の「四国アイランドリーグ」立ち上げとなって実現した。

終戦直後を除けば、日本で初めてできた独立リーグである。以来8年、四国に続き、ベースボール・チャレンジ・リーグ(BCリーグ=北信越リーグ)、関西独立リーグが産声を上げた。と同時に、女子プロ野球もでき、元大リーガー野茂英雄氏のチームなど、あちこちでアマチュアの野球クラブも誕生するなど、日本の野球界も大きく変わってきた。独立リーグがその先駆的役割を果たしたのである。

▽苦労の船出

独立リーグがスタートする前年の2004年、設立に奔走する石毛氏からよく話を聞いていた。私がその準備チームに入ることはなかったが、その設立主旨からいって日本プロ野球機構(NPB)側の協力は欠かせないと思い、その“橋渡し"役を買って出たことはあった。よく覚えているのは石毛氏に「準備にもう1年かけないか」と進言したことだ。スポンサー探しなどがうまくいかず、資金面が不安定過ぎると思ったことと、地域密着にしては地元、とりわけマスコミの理解があまり進んでいないと思ったからだ。

時期が悪いといったところで不況は今日まで続いているわけで、厳しい船出には違いなかったといえたのだが、石毛氏自身、数年もしないうちに四国の経営から退き、関西独立もお金の問題でもめ事が絶えなかった。3つの独立リーグとも現在も経営面での苦戦は続いているが、NPB入りする選手が増えてきたし、地元に定着してきた。四国で唯一、ナイターができる球場がなかった高知県に今年からナイターが灯ったのも、そうした現れだろう。

▽プロ野球から「認められた」

今年3月にNPBから育成選手の「レンタル移籍」制度が実現した。これまで相手にされてこなかった独立リーグが「認められた」のである。独立リーグはプロ組織である以上、理想は独立リーグとNPB間の選手の移動は「移籍」なのである。まあ、そうはいっても実力差はいかんともしがたいし、発足してまだ10年も経っていない「草創期」にあるのだから、まずは実績を重ねることだ。

昨年、BCリーグの福井ミラクルエレファント球団の現状を間近で見る機会があった。例えば監督探し。私なんかはしっかりチームづくりができる指導者ならいいと思ったが、やはりプロ野球経験者である程度名前が通った人物でないと地元ファンは感心を示さない、といったジレンマに直面していた。BCでは新潟アルビレックスBCの元ヤクルト投手の高津臣吾監督が注目されているようだ。苦言を呈するなら、ややもすればスター選手を監督に据えたいプロ野球と同じで、こうした監督選びに固執しない米国野球とは違うのである。過渡期と理解したい。

▽後援会でバックアップ

福井の新谷隆美球団社長は球団運営について「福井新聞社が経営を引き受けて3年目。経営はまだまだ楽ではありませんが、支援企業が増えないため、県内市町など自治体に支援金をお願いしていて、昨年の3自治体から7自治体に増えました。年内に福井市では初の後援会、来年もさらに一つ後援会ができます。野球を通じた青年育成を大きな柱にしています」と話している。

▽独立リーグの果たせる役割

独立リーグが今後、どんな方向に進むのか注目している。一つにはクレメンスのようなスター選手が独立リーグで見られれば人気は出ると思う。もう一つは今は2軍(イースタン、ウエスタン・リーグ)戦までしかないNPBの本格的な下部リーグ戦を全国展開する上で、独立リーグが果たす役割はあるだろうし、ゼロから出発して8年でそこそこの格好をつけた独立リーグは格好の手本となる。決して夢物語と思わないでいただきたい。そうした構想をNPBが持てなかっただけの話である。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。

ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆