正直に書こう。5月3日、私は気乗りしない思いで兵庫県三田市の城山公園野球場にいた。当時、関西独立リーグの兵庫に所属していた吉田えり投手(20)のシーズン初先発を取材するためだ。ただし、記事にするのは「勝利投手になれば」という条件付き。男子とともにプレーする日本初の女子プロ選手として脚光を浴びた吉田もこれまで日本での勝ち星はなく、さらに「三回までをめどに投げる」との情報を試合前に耳にしては、やる気の起こるはずもなかった。

プレーボールがかかると、私は初めて見るナックルボーラーの姿に魅せられてしまった。一回こそ制球が定まらずに1点を失ったが、その後はふわっと宙に浮き、揺れ落ちるナックルボールやカーブを武器に面白いように打者のバランスを崩す。予定を越えた5回1失点の好投で、見事に同リーグ初の女性勝利投手の勲章を手にした。155センチ、56キロの女性がプロ予備軍ともいえる男たちを手玉にとるのだから、痛快と言うほかない。

その後もプロ野球阪神との育成試合で1回を無失点に抑えるなど、好結果を出した。6月に米国の独立リーグに復帰すると、立て続けに3勝。男性との体力差を克服するために磨き続けた「魔球」は、対戦した阪神の選手に「どっちに曲がるか分からなかった。最後まで球を見ないと捉えられない」と言わしめるまでになった。

くしくもことし、米大リーグでも一人のナックルボーラーが旋風を巻き起こしている。メッツのR・A・ディッキー投手だ。これまでプロ16年で、年間11勝が最高。マイナーとメジャーを行き来し、10年間で31カ所に住んだ経験もあるという"ジャーニーマン"が前半戦だけで両リーグ最多の12勝を挙げ、初のオールスター戦に選ばれた。

もともとは1996年のアトランタ五輪米国代表にも入った速球派だったが、プロ入り後は好成績を残せず、2005年に首脳陣の薦めでナックルボーラーに転身。一時は自殺も考えたという男が37歳にして、ついに開花の時を迎えた。

吉田とディッキーの活躍は、野球界の常識に一石を投じているように思える。ディッキーが自著で「球速に完全にとらわれている」という野球界にあって「高速ナックル」を武器にするディッキーですらスピードガン表示は130キロ程だ。変化は投げている本人ですら予測不能だから、細かい制球力もない。それでも、工夫と努力を続ければ、道は開けることを彼らは示している。

150キロの快速球も確かに壮観だが、打てそうで打てないナックルボーラーのような存在も野球の魅力の一つである。賛同する打者は、少ないかもしれないが・・・。

芹澤 渉(せりざわ・わたる)1980年生まれ。東京出身。週刊誌編集者を経て2008年に共同通信へ。大阪支社でプロ野球、独立リーグなどを取材。

☆五輪開催などに伴いこのコラムは当分の間休載し、9月5日再開の予定です。ご了承ください。