強豪国が数多く揃う欧州や南米では、自分たちのレベルというのは常に意識させられるのだろう。一方で予選を比較的簡単に勝ち抜けるアジアに属している日本の場合、世界を舞台にした場合の立ち位置というのが、よく見えてこない。

ロンドン五輪を前にした5月のトゥーロン国際大会の惨敗が脳裏に強く焼きつけられていたせいか、男子の日本代表は今回の大会も苦戦するだろうと、勝手に思い込んでいた。ところがふたを開けてみると、想像した以上に日本は良いチームというよりも、強いチームだった。逆に優勝候補に挙げられていたスペインは、2年前のワールドカップ(W杯)で世界の頂点を極め、先の欧州選手権で連覇したフル代表に比べたら、それほど強いチームではなかった。

26日にグラスゴーで行われた1次リーグで、日本はスペインを1-0で下した。その快挙を1996年7月21日のアトランタ五輪のブラジル戦、オレンジボウルで1-0の勝利を収めた「マイアミの奇跡」になぞらえて「グラスゴーの奇跡」と表現したメディアも多かった。しかし、内容を見ると、これは奇跡でもなんでもない。プレースタイルの違うチームが、それぞれの持ち味を出して試合を行い、より多くのチャンスを作り出した日本がゴールを奪って勝利を収めた。内容は互角以上。チャンスを確実に決めていれば、大差のついた試合だった。

そもそも奇跡というのは、そうそう起こることではない。2度起こることを奇跡とはいわない。マイアミの場合は、僕自身も奇跡だと思った。それはブラジルのメンバーの豪華さを見ただけで分かるだろう。当時の日本はメンバー全員がJリーグの国内組。対するブラジルはGKジダ、DFアウダイール、ロベルトカルロス、MFリバウド、フラビオ・コンセイソン、FWベベト、そして後にW杯歴代通算最多得点を記録する“怪物"ロナウドまでいたのだ。

それに比べれば、今回のスペインは小粒だ。確かに欧州選手権決勝のイタリア戦で得点したアルバ、マタの2人はいるものの、彼らはフル代表では主役ではない。展開するスタイルこそ、フル代表と同じボールをつなぐ「ポゼッション・サッカー」で、日本の35%に対し65%のボール保持率を見せた。しかし、そこにはシャビもいなければ、イニエスタ、シャビアロンソ、セスクもいない。ゴールにつなげる特別な才能が存在するからこそ成り立つスペインスタイルのなかで、少なくともスペイン五輪代表にはそんな存在はいなかった。シャビたちが引退したら、スペインのサッカーはどうなるのだろうと、いらぬ心配をしたのは僕だけだろうか。

とはいうものの、今回の五輪出場国のなかではスペインは間違いなく強豪だ。それを決定機で大きく上回った日本は、トゥーロン国際の時とは明らかに違う、世界で戦えるチームになっている。その最大の要因は、今回のチームは守りで自陣に深く押し込まれていても、そこから攻めに出る力を持っているということだ。

このチームの最大の弱点だった守備が吉田麻也、徳永愁平という2人のオーバーエイジを加えたことで、各段と安定した。キャプテンマークを巻く吉田の読みの良さとラインコントロール。徳永のいぶし銀のようなカバーリングと1対1の強さ。自陣に守備ブロックを築いてじっくり守れるようになったのが、以前とは違う強みだ。前線の4人が労を惜しまないチェイシングをしてくれるので、4バックと2ボランチの6枚が自分のエリアから引き出されることなく前を向いて対応できる。守備陣も的を絞ってボールを奪うことで、試合運びにも余裕が生まれている。

2列目にいる清武弘嗣、東慶悟、大津祐樹、さらに交代出場したドリブラーの斎藤学の誰もが、ボールを収めることができる。いわゆる「間」を作り出すことができる選手がいることで、2列目にボールが入ると、リスクを恐れることなくサイドバックやボランチが前線に飛び出した。前線に張り付いている選手を抑えることは、守備側にとってはある程度楽なものだ。しかし、後ろから飛び出してくる選手に対してのマークは難しい。ボールを簡単に失わないという2列目への信頼感があったからこそ、日本は思い切った攻撃から多くのチャンスを作り出していた。守っていても、攻めに出るときには人数を掛けられる。トーナメントを勝ち抜くチームには、この力は欠かせないものだ。

スコットランド・サッカーの聖地ハンプデンパークで、日本は自信満々だったスペインを、恐怖に陥れた。その要因の多くを占めたものは、1トップに入った永井謙佑の存在だった。現代サッカー界のなかで、スピードに関しては疑いなくワールドクラス。出場する種目が違うのではと思わせるほどだ。ちょっと長くなったトラップを、恐ろしく速い寄せで奪い取る。スペインの選手も、こんなに献身的に守備をする1トップなど、おそらく見たことがなかったはずだ。しかも、ボールロストが、そのまま決定的なピンチにつながってしまうのだ。41分にI・マルティネスの一発退場を誘った場面も、永井の特長が最大限に発揮された結果だった。できることなら数多くのチャンスのうち、1本を決めていればチームはもっと楽になっただろう。そして欧州のスカウトはこの日、間違いなく「ナガイ」という名前をチェックしただろう。

アテネ、北京とこのところの五輪では失望感しかもたらしてくれなかった男子サッカー。今回も期待薄かと思ったら、予想もしなかった最高の出だし。大会前に選手たちが発した「メダルを狙っています」という言葉は、にわかに信じ難いと思っていたが、もしかしてこの選手たちは、周囲が思っている以上にすごい集団に進化しているのかもしれない。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている