試合中に指導者が選手に指示を伝えるコーチングには、その人の競技へのスタンスやふだんの取り組みがダイレクトに反映されるから、聞いていて面白い。

柔道の1992年バルセロナ五輪71キロ級金メダリストで、2007年から環太平洋大(岡山県)女子柔道部の総監督を務める古賀稔彦さんのコーチングもそう。内容が超具体的で、平成の三四郎と呼ばれた人がその試合で何を大切に考えているのか、頭の中をのぞいているような気分になってくる。

例えば、「奥襟をたたけ(取れ)!」という場合。

たいていの指導者は「奥たたけ!」と、そのまんまの声をかけているのだが、古賀さんにかかると次のようになる。

「(襟の)上から持って!」→「寄せて!」→「たたけ!」

こう書いてしまうと、当たり前過ぎてそれが何なの? と思われるかもしれないが、やるべき動作をぶつ切りにせず、必ず流れで指示を出すことじたいが柔道ではかなり画期的。「だってさ、『奥襟を取れ』って言われて奥襟取れたら選手は苦労しないよ。オレはさ、柔道は手順がすべてだって考えているんだよね。正しい手順を踏めば、やりたい技や攻めができるんだよ。だから、それを必ず伝えるようにしてる」。

そういえば、古賀さんは選手のときから「柔道は手順のスポーツ」だと、ことあるごとに話していた。昨年、環太平洋大は創部5年目にして全日本学生体重別団体で連覇を飾ったが、確かに選手には柔道に無理やり感がなく、技に入る勘所を知っているという印象がある。勝負師の柔道哲学はこうして受け継がれていくということなのだろう。

しかし、ここで一つ小さな疑問が。試合中のコーチングが具体的過ぎると、対戦相手に作戦が筒抜けになってしまうのでは。実際のところ、私にすら見当がついてしまったぐらいだった。「もちろん、そのまま言うと相手にバレちゃうから、暗号みたいな感じで選手とオレとの間で言い方を決めてある。もちろん複雑にしないで、ポイントをおさえた内容でね」!

ということは、見当はついた気分になっていただけ?

「オレは怖がりだからね。できる限りの準備をして試合に臨みたいんだよね。ふふふ」

もしも環太平洋大の試合を観る機会があったら、ぜひ『怖がり』の総監督のコーチングに耳を澄ませてほしい。強さの秘密に触れられ、試合が数倍面白くなるはずだ。ただし、暗号にはご用心。どこにどんな意味が隠されているのか推理する遊び心もお忘れなく。(スポーツライター・佐藤温夏)