4月下旬、韓国の忠州で行われたボートのロンドン五輪アジア予選を取材した。会場は内陸部の山あいのダム湖で、観客はまばら。宿泊したホテルはひなびた温泉街にあり、部屋にはゴキブリも登場するなど過酷な状況だったが、高校、大学と7年間この競技に打ち込んだ私にとっては感動と興奮の連続だった。

学生時代「ボートをやっている」と言うと、ヨットやカヌー、はたまた競艇などとよく勘違いされた。見たことがない方も多いと思うので説明しておくと、まずは湖や池で乗ることができる手こぎボートを思い浮かべてほしい。あれをお尻の幅ぎりぎりまで流線形にした艇を漕ぎ、直線2000メートルで着順を争うのがボートである。カヌーとは違って、体の向きとは逆、つまり背中の方に向かって進んでいく。種目は1人漕ぎから8人漕ぎまである。

今大会の注目は、日本スポーツ仲裁機構への申し立てを経て男子軽量級ダブルスカル代表になった武田大作選手(ダイキ)だった。1996年アトランタ五輪から4大会連続で五輪に出場している日本の第一人者だ。ダブルスカルに乗る代表2人を決める昨年11月の代表選考会でトップ2に入りながら不可解な基準で補欠とされ、これに納得できず仲裁に訴え出た。再レースを制して代表を勝ち取ったときには、新聞などで久々にボートが大きく報道された。

アジア予選のレースは圧巻だった。予選、準決勝は余裕で1着通過し、決勝も後続に大きく水をあけて勝った。ゴール直後、コンビを組む浦和重選手(NTT東日本)とサッと握手を交わした姿が最高に格好良かった。艇を片付けた後、武田選手は「もうボートをやめようかとも思っていた」と昨年末のすさんでいた心境を明かし「それでも、自分は正しいと思ってやってきた。とにかく選手は強くならないと駄目だと、その軸だけはずらさないようにしてやってきた」と感無量の表情を浮かべた。

ボートは単純そうに見えて、実は奥が深い。ただでさえ不安定な艇の上で自分の体とオールを操るのは難しいし、水面や風の状況も刻一刻と変わる。ダブルスカルならば2人の動きもきっちり合わせなければならない。武田選手ら日本勢は、体力で勝る欧米勢にテクニックで対抗していると言ってもいいだろう。

私の記憶だと、日本ボート界に「動艇」という造語を広めたのが武田選手だった。ROWINGを普通に訳せば「漕艇」だが、「フネを漕ぐ」のではなく「フネを動かす」のがボートだという理屈だ。確かに、いくらオールをバシャバシャと「漕いで」もスピードは出ない。艇の動きと同調しながら体の力を無駄なく使うことで、初めてスイスイと効率よく進んでいくのだ。

かつてこの競技にのめり込み、どうしたら速くなれるのか試行錯誤を繰り返した一人として、私は今回どうしても聞いてみたかったことを尋ねてみた。「武田さんも浦さんも長い経験を積んできましたが、まだ新たな技術や感覚の発見はあるのですか?」と。36歳の浦選手は「今、これまでにないスムーズさを感じて漕げているんです。発見はボートをやめるまであると思う」と即答した。38歳の武田選手は「もしかしたら、やめた後も『あれっ?』て気付くかもね」と笑顔で言った。私はこの頼もしい答えを聞けてうれしかった。ボート競技発祥の地とされるロンドンで、極限まで研ぎ澄ませた「動艇」技術を見せつけてほしい。

石井大輔(いしい・だいすけ)1983年生まれ。東京都出身。06年共同通信社入社。運動記者として名古屋支社、仙台支社(プロ野球楽天担当)を経て11年12月から本社でサッカーなどを担当。慶大時代はボート部に所属した。