いま日本のサッカー界、これは酒場でサッカーフリークを自認する一般の人たちも含めてだが、話題の中心となっているのは戦術である。確かにバルセロナの展開するハンドボールを彷彿とさせるサッカーや、その絶対王者といわれる存在をUEFAチャンピオンズリーグ準決勝で葬ったチェルシーの芸術的な守備システムを目の当たりにすると、多種多様の戦術を語りあうだけでもあっという間に時間が過ぎ去ってしまう。では、いつから日本人はここまで戦術を語るようになったのか。

30数年、日本サッカーのトップレベルといわれる現場で取材をする幸運に恵まれた。しかし、個人の技術以上に戦術が注目を浴びるようになったのは、それほど昔のことではない。Jリーグ開幕以前の日本リーグ時代にも、戦術は非常に大切なものであったことは間違いないのだが、それが誰にでも理解できる簡潔な言葉で語られるようになったのはJリーグ開幕前年の1992年だったと記憶している。日本代表が初めてプロフェッショナルの監督として迎えたオランダ人のハンス・オフト。それまでアジアでも中堅国でしかなかった日本を、瞬く間にアジアのトップレベルに引き上げたオランダ人の影響がかなり大きい。

それ以前は、日本の最強チームである日本代表の担当記者でさえも、戦術に関する意識は漠然としたものだった。乱暴な言い方だが、試合を通しての印象を的確な戦術的言葉で表現できる人は少なかったのではないだろうか。ところがオフトは選手たちに対してだけではなく、われわれ記者にも練習後に毎回のように戦術をいくつかのキーワードを使って、分かりやすく説明してくれた。そのキーワードが「トライアングル」「アイコンタクト」「スリーライン」であり、以来新聞や専門誌には戦術に関する記述が飛躍的に増えたような気がする。

個人主義より団体行動。物事を筋道だってひも解いていくことが好きな日本人にとって戦術偏重主義は、このところある意味で逃げ道を作りやすい道具になっているのではないだろうか。ロンドン五輪を目前にしたU23日本代表の出場したトゥーロン国際大会を見て、大きな危機感を持った。本大会前の最後のまとまった時間を共有できる最後の国際大会。結果はU23欧州選手権予選のBメンバーで臨んだオランダに第2戦で3-2の逆転勝ちを収めたが、トルコに0-2、エジプトには2-3で敗れグループリーグ最下位。グループ2位以上の成績だったら、準決勝、さらに決勝もしくは3位決定戦を戦えたので、貴重な2試合の経験の場を放棄する形となった。

この大会で目についたのは、まず個人の球際の弱さだ。サッカーはチームスポーツとはいえ、局面ではすべて1対1の戦い。その局面で競り負けていたのなら、どんなに素晴らしい戦術を持っていても、それは絵に描いた餅でしかない。2010年11月に中国・広州で開催されたアジア大会。ロンドン五輪を視野に立ち上げられたこのチームに対する当初の期待は大きいものではなかった。Jリーグの控え選手と大学生を中心に編成されたチーム。ところが大方の予想を覆して結果は優勝。アジア大会初のタイトルを取った雑草軍団に「このチームはどこまで成長するのだろうか」と大きな期待を持ったものだ。ところが五輪を2カ月後に控えて、あの内容。客観的な見方をすれば、ほとんど成長していなかったようにも思える。

確かに権田修一、清武弘嗣、酒井宏樹などアジア予選の中心となったメンバーはA代表に招集され参加はできなかった。とはいっても元からいたメンバーが中心となって臨んだトルコ戦は、日本の特徴であるコンビネーションのかけらも見えず完敗。3試合での7失点は、チーム作りのどこかに大きな問題があったのではないかと感じてしまう。光明は個で戦える選手の活躍だった。ドイツでプレーする宇佐美貴史(バイエルン)大津祐樹(ボルシアMG)、オランダの高木善朗(ユトレヒト)、スペインの指宿洋史(セビリア・アトレチコ)の欧州組。彼らは宇佐美にしても大津にしてもチームではともに3試合にしか出場できず、レギュラーからかけ離れた存在だ。それにも関わらず、1対1で勝負するという意識が高かったのは、少なくともブンデスリーガの普段の練習レベルが、Jリーグの公式戦よりも局面での勝負に対して厳しさがあるということを意味するのだろう。

日本から海外に行って毎回といっていいほど感じることは、レフェリーの判定基準の違いだ。それがファウルでない場合ならレフェリーの判定はコンタクトプレーに対してかなり寛容だ。一方の日本は、「それは正当なチャージだろう」という場合で接触プレーに対しては過敏に反応し、笛を吹いてしまうきらいがある。体を接触から守られている選手は、ぶつけられれば自然と気持ちが引いてしまうのは当然。国内組としてはこの大会で出色の出来だった斎藤学(横浜M)の「対人プレーで力不足を感じた。Jリーグでは経験できない部分」という感想は、日本サッカーの問題点そのものだろう。

欧州のスタジアムの観客は、素晴らしいコンビネーションプレーからのゴールに沸くのは当然だが、それと同じように1対1の局面での突破やボール奪取に同じぐらいの拍手を送る。彼らはチームスポーツのサッカーを、個人種目の肉弾戦としても楽しんでいるのだ。その目の肥えた観客を楽しませるために、選手は1対1の強さを磨く。そんな選手たちが集団として戦術を駆使したら、間違いなく日本は勝てないだろう。

五輪出場選手18人が決まるのは7月初旬。それまでにU23日本代表が再び集まるのは6月下旬の3日間しかない。オーバーエージも含め、関塚隆監督はロンドンに向けどのような人選を行うのだろう。トゥーロンでの結果を受け、局面で勝負をできる選手を中心に選んだら、もしかしてこれまで積み上げてきたコンビネーション、日本人が大好きな戦術は根底から覆るかもしれない。

岩崎 龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている