4年前の北京五輪では、欧州地域予選を勝ち抜き、ボクシング競技ミドル級で出場権を獲得したスウェーデン代表ナイム・テルブニャ。当時23歳の彼の名前は、日本でも五輪関連の話題として新聞でも報道されている。その切り口は、過去に世界ジュニア選手権で銅メダルを獲得している優勝候補ということではなく、旧ユーゴスラビア・セルビア共和国コソボ自治州生まれの出自に言及したものだった。

少年時代に同国で民族紛争が激化し、家族ともどもスウェーデンに逃れ、移住したその背景。奇しくも北京五輪の年の2月にコソボが独立を宣言。欧米各国もこれを承認したが、ロシアなど一部の国々が反対を表明し、「独立国」を謳いながら五輪選手団を派遣できないコソボの実情がある一方で、テルブニャは難民の自分を受け入れ、五輪代表にも選出してくれたスウェーデンのために勝利を目指すという内容だった。その北京五輪では、ロシア代表に初戦敗退という厳しい現実が待ち受けていた。しかし、以降もテルブニャの不屈の闘志が潰えることはなく、それが、プロ転向という選択肢だった。北京五輪前年の2007年には、1970年から続いていたスウェーデン政府のプロボクシング禁止令がようやく解かれてはいたものの、それは最長で4回戦、6回戦の場合は1ラウンド2分の試合のみ許可という部分的解禁。プロの頂点を目指すテルブニャは北京五輪の翌年、米国へ飛び、アマの祭典ゴールデン・グローブ大会に、無報酬の大会ゆえ観光ビザで参戦。米国五輪代表候補らを破り、堂々、優勝する。米国の至宝、最強王者の呼び声高いフロイド・メイウェザーに近しい人物がテルブニャの代理人になったという華々しい話も聞かれた。

しかし、米国デビューは暗礁に乗り上げる。米国に拠点を置きプロ活動するために必要な査証が、なぜか米国政府から給付されないのだ。そして、今年4月27日、現在27歳のテルブニャはスウェーデンに戻って、当地で旧ユーゴ出身のウラジミール・スパソイェビチに4回判定勝利で遂にプロ転向初戦を飾っている。「第2の故郷」のプロの状況は、少しばかり好転していた。セミは特例で1ラウンド3分の6回戦、メインではWBC女子世界スーパーフェザー級のタイトルマッチ10回戦(1ラウンドx2分)が認可されたのだ。(草野克己)