4月29日に行われた柔道の全日本選手権。体重無差別で争われ、「日本最高峰」の大会と位置づけられるこの大会を今年制したのは、事前の予想では完全に優勝候補圏外、しかも階級別では90キロ級を主戦場とする加藤博剛(千葉県警)だった。重量級以外の選手の優勝は1972年の関根忍以来(中量級)の快挙ということで話題になったが、加藤がすごいのは、全日本選手権の出場は5回目ではあったものの、世界選手権や五輪はもちろん、国際大会の出場経験もごく少ない選手であったこと。関根が前年の71年世界選手権の無差別で3位に入った実績があり、72年のミュンヘン五輪中量級の金メダリストということからしても、“伏兵度"からすると加藤のほうが遥かに高い。

しかし、そんな伏兵ぶりをもの珍しがっているだけでいいものかどうか…。というのも、昨年の加藤は階級別でも好調で、国内の2大大会である全日本選抜体重別選手権と講道館杯ではともに準優勝。優勝こそないが、81キロ級から90キロ級に転向したおかげで減量のストレスからも解放され、しつこい組み手で相手の嫌がるところをねちねち攻める「クセ者」柔道をのびのび披露していた。しかも、両大会では、昨年の世界選手権代表の2選手を破っている。なのに昨年から今年にかけ、一度も国際大会のメンバーに選ばれていないのだ。

90キロ級には他に世界ランク上位に日本人3選手がひしめく激戦区ということもあり、階級を変更したばかりで、立ち技で次々に一本を取るような加藤に海外経験を積むチャンスは巡ってこなかったというわけだが、世界代表2人を破っていながら出場ゼロというのは、それはないんじゃないの? と突っ込みを入れたくなるような冷遇だ。しかも、結果として全日本王者になるような選手なのである。そういう人材が選手強化のメインストリームから思いきり外れていたことからしても、重量級の深刻な不振ともリンクして、全日本の強化方針にズレのようなものが感じられて暗い気持ちになってくる。もちろん加藤自身、「世界で活躍する選手になりたい」という夢がある。

2010年の国際柔道連盟の新ルール施行以後、世界はしっかり組んで投げる柔道へとシフトし、外国人選手の一本を取る技術も飛躍的に向上、日本のレベルに追いついてきている。こうした世界の変化を考えたとき、粘っこく攻めてしたたかに勝つ加藤のような柔道も、日本が生き残るバリエーションの一つになるのでは。ロンドン五輪を前に、選手の可能性を生かし切れない全日本男子の現状がひどくはがゆい。(スポーツライター・佐藤温夏)