巨人の杉内俊哉投手が5月30日の楽天戦でノーヒットノーランを達成した。広島・前田健太投手に次ぐ今季2人目の快挙だが、実は九回二死まで一人の走者も許さず、18年ぶりの完全試合が目の前だった。テレビ観戦しながら思い出したのが2007年の中日―日本ハムの日本シリーズ第5戦。中日・山井大介投手が八回まで完全試合をやりながら突然交代した。2番手の岩瀬仁紀投手が九回も3人で抑え、継投による“完全試合"という珍しい参考記録を球史に残して、中日が4勝1敗で日本一に輝いた。

▽舞台裏を語る参謀

ごうごうたる批判が巻き起こったこの交代劇の舞台裏を、当時バッテリーコーチとして落合博満監督を支えた森繁和氏が中日退団後の今年4月に出した「参謀」(講談社刊)に書いている。

その年、山井投手は肩の故障からシーズン終盤に復活していたが、肩の違和感を訴えるなどクライマックスシリーズにも登板していなかった。日本シリーズ初登板となった第5戦の途中から右指のマメをつぶしていて、ユニホームやボールに血が付いていたそうだ。中盤以降、心配し続けた森コーチが山井投手に「どうするんだ」と聞くと「岩瀬さんでお願いします」と答えたため、既に準備していた岩瀬投手への交代を監督に進言した。理由は「5戦でケリをつけるためにどうしても勝ちたかった」と書いている。

1―0の接戦だったが、なにしろ日本シリーズ初の快記録だし、「なぜ交代?」という疑問はあった。しかし、落合監督は指揮を執った8年間すべてで3位以上となり、リーグ優勝3度という成績を残したのはこうした「勝利への執念」で、一心同体で理解し支えたのが森コーチだったのだ。当時の私は「理由はともかく、ああいう交代ができるところに落合監督のチーム掌握力を見る」と書いた記憶がある。

▽身に着けた知識と人脈

「参謀」を読んで驚いたのは、落合監督が森コーチの判断や進言をほぼ百パーセント受け入れていたことだ。自分の著書を「参謀」としたところは自信家の森氏らしい。西武の投手時代を知っている。主に抑え役、今で言えばクローザー役で1983年に34セーブを挙げ最優秀救援投手賞を獲得したが、通算では57勝62敗82セーブの成績だった。たとえ打たれても縮こまることなく胸を張っている姿が印象に残っていて、革製の衣装が似合うダンディーな男だった。10年間の現役生活を終えると西武、日本ハム、横浜、そして中日と実に23年間コーチを務めた。現役時代を含め、多くの監督や球団幹部との付き合いの中で知識や指導法を修得し、人脈を広げたようだ。無為に過ごしていなかったことが落合監督の下で花開いた。

▽秘書型と参謀型

参謀は「秘書型」と「参謀型」のタイプに大別されよう。野球でいえば、監督の方針に忠実に従い選手に伝えるのが秘書型で、ある程度自分の考えを持って監督に接するのが参謀型で、監督の性格によって人選されるが、どちらにしても「影の存在」となる。森氏はもちろん参謀型である。

巨人の川上哲治監督―牧野茂コーチ、阪急の西本幸雄監督―上田利治コーチ、ヤクルト・西武の広岡達朗監督―森祇晶コーチ、中日・阪神の星野仙監督―島野育夫コーチといった監督―参謀の名が浮かぶ。秘書型と参謀型は半々だと思う。各チームは監督を支える作戦参謀役を置くが、すべての監督がヘッドに頼るとは限らない。例えば、野村克也氏や長嶋茂雄氏らは自らがさい配を振るっていたし、今の多くの監督もそうしている。いい参謀とめぐり会っていないのだろうか。

▽必要な参謀役

グラウンド外で参謀の重要性を知ったのは三十数年前の西武の球団だった。新しく船出した西武は堤義明オーナーの号令一下、短期間で強いチームとなったが、オーナーの参謀役、戸田博之球団担当役員の存在は大きかった。この人は典型的な参謀型で、ワンマンで知られる堤オーナーにもほとんどが事後報告で事を進めた。でなかったら、4年目での日本一はなかったはずだ。球団フロントが何の心配もなく腕を振るえたのである。

昨年から今年にかけて起こった巨人の内紛の発端はコーチ人事をめぐるもので、参謀役を自認していた清武英利球団代表兼GMが首を切られた。巨人は原辰徳監督―岡崎郁ヘッドコーチの体制だったが、球団会長がOBの江川卓元投手を監督補佐として入閣させようとして、清武氏に猛反対された。

もし原―江川コンビだったら、どうなっていたか興味は尽きないが、過去を見ても投手出身の参謀役はほとんどいない。巨人で監督やコーチなどをやった投手出身の藤田元司氏なら務まりそうだが、投手が一匹狼的性格を余儀なくされるポジションが原因だと思う。森繁和氏は珍しい成功例なのである。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸男」(共著)等を執筆