世界ボクシング協会(WBA)から休養扱いの王者とされたスーパーフライ級の清水智信(金子)が、4月4日に横浜アリーナで同級チャンピオンのテーパリット・ゴーキャットジム(タイ)とタイトルマッチを行う。2月13日の記者会見。待望の復帰戦が組まれたというのに、東京都内の亀田ジムに姿を見せた清水の表情は浮かなかった。「この試合に勝てば、すべてのモヤモヤを吹き飛ばすことができる」。こんな思いをよそに休養認定の経緯でもめたうえ、会見場所が興行を主催する亀田ジムとあっては居心地が悪そうで、出てくる言葉もどこか歯切れが悪かった。

隣には同じ日に試合をする同バンタム級チャンピオンの亀田興毅とスーパーフライ級の亀田大毅が座っていた。階級が同じ大毅は、清水がテーパリットに勝った場合「チャンスがあればやるよ」と挑戦の意向を表明。1階級上の興毅も「大毅が(清水戦で)アカンかったら、おれが行くから。おれも(4階級目の世界タイトルとなる)スーパーフライ級がほしい。清水選手はチャンピオンになったら忙しいよ」と言い放った。興行権の関係で、亀田側は清水の防衛戦を計画できる。清水は籠の鳥の感があった。

この亀田兄弟との対決で思い出されるのは、先に現役を引退した元世界ボクシング評議会(WBC)フライ級チャンピオンの内藤大助だ。興毅との舌戦から亀田家との因縁に火が付き、2007年10月に大毅と対戦。反則行為を連発した相手を大差の判定で退けて「国民の期待に応えられた」と語り、一躍時の人となった。09年11月、敵討ちとばかりに出てきた興毅に敗れたが、一連の対決を通して大いに知名度を上げ、印象深い王者として歴史に名を残した。

亀田家との因縁の深さでは清水も劣らない。端緒はタイトルを獲得した昨年8月末。清水はウーゴ・カサレス(メキシコ)を破り、30歳で待望の世界チャンピオンになった。金子ジム単独では世界戦が組めなかったため、テレビ局の資金やマッチメーカーとのパイプを持つ亀田ジムの力を借りて「負けたら引退」を覚悟して挑んだ3度目の挑戦だった。だがこの試合で右目を負傷したことで歯車が狂う。

清水の興行権を持つ亀田側は昨年末の興行で世界タイトルマッチを企画したが、清水は試合ができない。清水が所属する金子ジムとは金銭面を含めたあつれきもあった。亀田側がWBAに働き掛けた結果、WBAは11月に清水を休養扱いとした。同時に暫定王者のテーパリットを正規王者に昇格させ、同12月に亀田大とのタイトルマッチが組まれた。

清水が負傷したのは事実だが、獲得からわずか2カ月ほどで休養認定されたのは異例だった。同スーパーフェザー級王者の内山高志(ワタナベ)は右拳を痛めて11カ月も試合をしなかったが、休養扱いとされていない。WBAはタイトルマッチを開催すれば承認料を得られるため、試合を多く開催するための無軌道なランキング運営が常態化している。今回は清水がその被害者となったとみえるが、WBAの節操のなさを利用してチャンスをつかんだ日本人選手も多く、清水もカサレス戦ではその恩恵に浴した面がある。亀田側は市場原理にのっとっただけともいえる。

金子ジムは休養認定に際して日本ボクシングコミッション(JBC)に質問状を提出するなど助けを求めたが、JBCはまともな回答をしなかった。WBAのランキング運営に権限がないとの立場からだ。マッチメークなどの個々の交渉は当事者間で決着させるのが世界的な流れではあるにしても、日本国内のプロボクシング興行を統括し、試合開催を認定するJBCにはファンのためにも交通整理をしてほしかった。一連の騒動は、持てる者である亀田側と持たざる者である清水の立場を浮き彫りにしただけだった。

現在は大きな力を得た亀田家も、以前は持たざる者だった。貪欲な仕掛けとパフォーマンス、さまざまな騒動を乗り越えて現在の立場を築いた。清水も己の不遇を嘆くだけでは寂しい。清水がテーパリットに勝てば、好むと好まざるとにかかわらず、その後の2戦以内で大毅を相手に防衛戦を行うことになる見通しだ。クリアすれば、興毅が待っている。勝っても自由のないチャンピオンと下を向くか、亀田家をテコにのし上がった内藤と同じ道を歩むチャンスと拳を握るか。思いを復帰戦で見せてほしい。

出嶋 剛(でじま・たけし)1980年生まれ、佐賀市出身。スポーツ紙で8年間勤務しサッカーなどを担当。2011年7月に共同通信に入社、大相撲とボクシングを担当。