関係者にはいつも申し訳なく思っているが、普段その競技の記事を書く機会はほとんどない。新聞で、競技名が載っているのを見たことも数えるほど。それでも最近、妙に心を動かされているマイナースポーツがある。セパタクローだ。

マレー語で「蹴る」を意味する「セパ」と、タイ語で「ボール」を意味する「タクロー」。バドミントンと同じ広さのコートで、3人もしくは2人1組のチームがネットをはさんでボールを蹴り合う、足を使ったバレーボールのようなスポーツだ。サッカーで言うところのオーバーヘッドキックやバイシクルシュートのようなアタックは迫力満点だ。五輪のアジア版であるアジア大会では正式競技として採用されている。タイ、マレーシアなど東南アジアが発祥で、タイにはプロリーグもある。

このスポーツと出会ったきっかけは、2010年広州アジア大会でたまたま私の担当競技の一つにセパタクローが入っていたことだった。初めて取材したのは、夏の盛りにある大学の体育館で行われていた全日本選手権だった。殺風景な会場で空調もなく、観客は選手の関係者のみ。熱戦は繰り広げられていたが、どこか粛々とした雰囲気が漂い、盛り上がりはいまひとつだった。

そんなセパタクローを、大胆にも渋谷のライブハウスでやってしまおうというイベントが4年前に始まり、にわかに熱気を帯びている。その名は「蹴」(ける)。地味なスポーツのイメージと一線を画した、画期的な試みだ。アップテンポな音楽が流れ、DJが会場を盛り上げる中、軽く飲みながら、雰囲気とアクロバティックなプレーを楽しむ空間は無条件に心地いい。現在は半年に1回ほど平日の午後7時ごろから開催され、日本代表選手らによるトーナメントを楽しめる。

イベントの中心として活動しているのが、元日本代表の矢野順也さん(36)。1990年代から代表の主力として活躍したが、マイナー競技の悲哀を嫌というほど味わった。歌手の吉田拓郎さんの名前に引っかけられて「ヨシダダクローって揶揄(やゆ)されたり、カバディと比較されたり、おもしろおかしく変なものってからかわれることが多かったですね」

メダルを取れば競技環境が変わると信じ、必死にアジア大会の表彰台を目指した。そして2002年、釜山アジア大会で初の銅メダルにたどり着いた。しかし、結局何も変わらなかった。マイナー競技はマイナーなままだった。

何かを変えたい。このスポーツの魅力を伝えたい。「マイナーだから、競技人口が少ないというのはまあいいんですけど、それが面白いか面白くないかの尺度になっちゃうのはおかしいと思うんです。マイナー=つまらない、ということではない」。ストリートバスケットボールなど「魅せる」スポーツをヒントに、エンターテインメント性を追求した「蹴」を発案した。

資金、会場などの問題を数年がかりでクリアし、2008年、ついに第1回大会の開催にこぎ着けた。競技としての大会は、入場無料なのに閑古鳥が鳴く状態。それが、見せ方を変えるとお金を払って見に来る観客が700人も集まった。少しずつ趣向を変えながら昨年までに11回開催し、多いときは観客が1000人に達した。

多くのマイナー競技がメジャーになることを夢見て、様々な工夫をこらして普及活動に取り組んでいる。矢野さんの考えはこうだ。「普及活動って、ともすれば押しつけになっちゃう。講習会とかもやってきたけど、受ける人がそれをやりたいかどうかは分からない。でもかっこいいと思ったら、自然と振り向いてもらえるようになる」。決して地道な講習会などを否定するわけではないが、とにかく競技の魅力を感じ取ってもらいたい、という思いだ。そんな新しい形の「脱マイナー」の取り組みを、陰ながら応援し続けたい。

※「蹴」のホームページはhttp://kelu.jp/

菊浦 佑介(きくうら・ゆうすけ)1983年生まれ。鹿児島県出身。06年共同通信社入社。福岡支社運動部、大阪支社社会部を経て10年5月から本社運動部で水泳、スピードスケートなどを担当。