大相撲九州場所の初日まで1週間を切った11月7日、鳴戸親方(元横綱隆の里)が亡くなった。週刊誌報道で暴行疑惑の渦中にあっただけに、衝撃は大きかった。現役時代、糖尿病に苦しみながらも食事療法で克服。筋力トレーニングなどで鍛えて30歳9カ月の遅咲きで横綱に昇進した。当時、流行したテレビドラマに由来する異名は「おしん横綱」。そんな親方の死去に触れ、最近は忘れられがちな「我慢」の大切さを考えさせられた。

▽若の里の休場

九州場所では、先代親方が手塩にかけた稀勢の里が悲しみを乗り越え、念願の大関昇進を決めた。新大関は「ここまで来られたのは先代のおかげだと思っています。先代に言われたことを稽古場で毎日やってきたことが、結果につながったと思います」と感謝した。そのほかにも、先代の教えがしっかり伝わっていると思わせることがあった。稀勢の里の兄弟子、幕内若の里の途中休場だ。

九州場所5日目。若の里は時天空戦で右脚を負傷した。取組後はやや歯を食いしばるような様子もあったが、何事もなかったかのように普通に歩いて花道を引き揚げた。取材した記者によると、支度部屋でも痛さについては口にしなかったという。翌朝、日本相撲協会に休場届を出した。診断書には「右大腿二頭筋不全断裂により3週間の入院、通院、休業加療を要する見込み」とあった。

先代の師匠は生前、「どこが痛い、ここが痛いなどと言うのは、相手に弱点をさらけ出すだけだ」と力説した。努力と辛抱で最高位に上り詰めた人だけに説得力があった。35歳の若の里が懸命に痛みをこらえた姿は「力士」という肩書がぴったりだった。

▽球聖も、藍ちゃんも

その競技性が人生に例えられることが多いゴルフでも、我慢の重要性についての考察がある。例えば、マスターズ・トーナメントの創設者で「球聖」と呼ばれたボビー・ジョーンズ(米国)は生前、こう記した。「ゴルフについて考えに考えるほど、忍耐こそ、もっとも称賛に値すべき美徳であることがはっきりしてくる」。アマチュアを貫いたジョーンズは1930年、当時のメジャー大会の全英アマ、全英オープン、全米オープン、全米アマを制してグランドスラムを達成。その年、絶頂期で引退した伝説的名選手だ。

この意見について、2008年6月、宮里藍に聞いた。当時の宮里は前年からの極度のスランプから、立ち直りつつある時期だった。「私もその考えには賛成ですね。ゴルフはもちろん人生でも、難しい状況に陥ったときに我慢して耐えるということはとても大事だと思います。難しいことですけどね。その中から何とか前を向かなきゃいけないんです」と話した。宮里はその翌年、念願の米ツアー初制覇を果たした。

▽男の修行

相撲界は独特だ。「稽古っていうのは、死ぬほど苦しいですからね。親御さんにもそう説明し、理解を得た上で、弟子として入門してもらっていますよ」と語るのは高田川親方(元関脇安芸乃島)。尋常ではない厳しい稽古があるからこそ、強い力士が生まれ、観客は激しい攻防を楽しみにしてお金を払って見に来る。

旧日本海軍の山本五十六連合艦隊司令長官が残した人生訓に「男の修行」がある。「苦しいこともあるだろう。言いたいこともあるだろう。不満なこともあるだろう。腹の立つこともあるだろう。泣きたいこともあるだろう。これらをじっとこらえてゆくのが男の修行である」。元関脇寺尾が師匠を務める錣山部屋では稽古後、力士たちがこれを唱和している。

角界は八百長問題や公益法人化をめぐる動きで揺れに揺れた。その原因の一端は、相撲界の特殊性にあるとされた。そうは言っても個人的には、相撲界から学ばせてもらっていることが少なくない。

高村 收(たかむら・おさむ)1973年生まれ。山口県出身。大相撲、ラグビーなどを経て03年からはゴルフを取材。その後、大相撲担当も兼ね10年からキャップに。