サッカーのJリーグは3日、今季の最終節が行われ、19年目のシーズンが閉幕した。J1は柏がJ2から復帰1シーズン目で初優勝という快挙を達成し、東日本大震災で被災した仙台は4位と躍進。2011年、とりわけ深く印象に残った試合を振り返ってみた。

▽4・29 杜の都にスポーツの喜び再び

震災でリーグ戦が約1カ月半、中断した。J1の仙台や鹿島、J2の水戸などのクラブが被災。仙台はホームのユアテックスタジアム仙台が一部損壊し、地元を離れて関東でのキャンプを強いられた。4月29日のホーム開幕戦となった浦和戦。スタジアムへ向かう途中、市内でサクラを目にした。東京ではとうに散ってしまっている時期だっただけに強く記憶に残っている。「まだ、今週末までぎりぎり見ごろですかね」(仙台の広報担当者)。仙台のサクラは、例年4月10日すぎに開花して1週間後くらいには満開になるそうだが、この日まで散らずに咲き続けていた。

スタジアムは1万8456人のサポーターで満員となり、試合は仙台が1―0で勝利。手倉森監督は「苦しい状況でも信念を持てば勝てることを示せた」と誇らしげだった。同じく29日は、プロ野球の楽天も地元での開幕戦を行ってオリックスに勝った。スポーツが杜(もり)の都に帰ってきたのをサクラが見守っているように感じた。

▽12・3 明暗くっきりの柏と浦和

12月3日の最終節は埼玉スタジアムで、柏の初優勝に立ち会うことができた。相手の浦和は15位。柏は前半から力の差を見せつけるように圧倒し、3―1で快勝した。優勝が決まった瞬間、33歳のベテランFW北嶋が流した涙が印象的だった。

同時にチームの盛衰をあらためて感じざるをえなかった。柏の飛躍の原点をたどると、2006年のJ2降格だという。2部で戦うことになり、主力が次々と去った。もう一度、チームを土台からつくり直すべく選手編成では千葉県出身者の獲得やユースからの昇格を積極的に推し進めた。

柏が苦しんでいた06年、J1で優勝したのはこの日の対戦相手の浦和だった。07年にはアジアの頂点にまで上り詰めた浦和は、わずか4年後にかろうじてJ1残留する位置にまで落ちた。5年間で両者の立場は完全に逆転したといえる。

柏のネルシーニョ監督はシーズン中の苦しかった時期を問われ「1年を通してどうしていいか分からないという時期はなかった。やるべきことははっきりしていた」と言った。

今季の浦和は10月に監督交代も経験。山田直は「1年を通してしっかりやってきたチームと、1カ月半でつくったチームの底力の違い」と脱帽した。揺るぎない自信を持った集団と、そうでないチームのコントラストがくっきりと浮かび上がったシーズンだった。

土屋 健太郎(つちや・けんたろう)1979年生まれ。千葉県旭市出身。2002年に共同通信入社、12月から福岡支社でソフトバンクなどを担当。07年1月から東京本社でサッカー、大相撲、バレー、バスケットボールなどを担当。