2012年、北欧ノルウェーのボクシングが過去30年間で最も重要な1月を迎える。法律で1981年より禁止になっているプロボクシング興行が、この1月の政府公聴会の結果如何で解禁される可能性があるからだ。その布石は数年前からプロ解禁に動いてきた進歩党が昨年に提出した新法案で、今年3月には同法案をめぐり議会で意見が交わされていた。

実際、ゼロ年代に入って、北欧ボクシング事情は激変している。プロ活動の砦デンマークでは、御大モーンス・パッレ氏にかわって隣国ドイツの大手ザウアーラントが進出。同国の有望株を好条件で抱え込み、積極的に興行を主催している。長らく大規模興行ができなかったフィンランドでも、ここ数年は世界戦も開催されるようになった。1970年よりプロを禁じた法律を施行したスウェーデンでは、関係者たちの努力の末、37年の歳月を経て、2007年1月よりプロの試合が再開されている。3分1ラウンドの4回戦、あるいは2分1ラウンドの6回戦のみ認めるという「制限付き」だが。これではタイトル戦開催は不可能ゆえ、全面的解禁を目指し関係者たちの戦いは続いており、近年では3分1ラウンドの6回戦を「特例」で政府に認めさせてもいる。

ほとんど言及されたことのないアイスランドの事情は、1956年にプロもアマも法律で禁止し、ボクシング用品の販売さえも許されなかったほどだが、2002年よりアマが解禁され、今日では五輪出場権獲得を目指して、国外から指導者を招くなど地道に強化策に取り組んでいる。ノルウェーのプロ解禁が実現しても、スウェーデン式の制限付きを危惧する向きもある。しかし、たとえ4回戦であろうと母国の観衆の前で試合を披露できるのであれば絶好の機会には違いない。

1986年9月に米国でIBF世界ヘビー級王者マイケル・スピンクス(米国)に挑んだステフェン・タングスタッドは、デビュー戦が母国のプロ興行最後の日(80年10月1日)だった。人気歌手を父に持ち、自らも音楽的才能と美貌に恵まれながらも世界選手権銅メダル獲得後にプロ転向し、1998年5月にイタリアでIBF世界ライトヘビー級王座に挑戦したオーレ・クレメトセンは、帰国のたびに熱烈な歓迎を受けたけれど、一度たりとて母国で試合をすることはかなわなかったのだから。(草野克己)