長いシーズンの掉尾を飾る年間最終戦は、毎年、バレンシア郊外のリカルド・トルモサーキットで行われる。波瀾万丈の一年を締めくくるレースだけに、スペインならではの陽気で派手な盛り上がりの中にも一抹の寂しさが漂う独特の雰囲気を醸し出すが、今年の場合はいつもと大きく異なる寂寥感がレースウィークのサーキットを支配していた。前戦マレーシアGP決勝レース開始直後のアクシデントにより、不慮の死を遂げたマルコ・シモンチェリ(サンカルロ・ホンダ・グレッシーニ)を追悼する意匠や横断幕などがサーキットの至るところに掲げられていたからだ。

陽気な性格と表裏のない人柄で多くの人々に愛された同選手を偲び、生前のゼッケン58番を、クラスや陣営の垣根を越えて全選手が自らのマシンやヘルメットなどに貼付。チームスタッフや取材陣は、58番のピンバッジやステッカーを自作して仲間たちに配って回り、各自がそれぞれの形で哀悼の意を表した。シモンチェリの死に大きな打撃を受けたグレッシーニ・レーシングの関係者たちは当初、最終戦を見送ることも検討したが、なによりレースを愛していた故人の遺志を考慮して参戦を決意。モトGPクラスのチームメート青山博一、モト2クラスに参戦するミケーレ・ピロと高橋裕紀が最終戦に臨んだ。

決勝日の午前10時10分からは追悼式典が行われた。遺族の希望により、通常の黙祷ではなく、故人の資質を高く評価していたケヴィン・シュワンツ氏の先導するマシンで全クラスの全選手が一団となってコース上を走行し、その後、盛大に花火が打ち上げられるという賑やかな追善が行われた。

そして、午後12時15分にスタートしたモト2クラスの決勝レースでは、ポールポジションのピロが独走優勝を飾り、同じチームに所属する同国人選手として最高の形で亡き友に勝利を捧げた。

「ポールポジションを獲った以上、決勝では絶対にいい走りをしようと決めていた」と、ピロはレース後に語り、今日はずっとマルコが自分の傍らにいてくれた、と振り返った。「27周もの長丁場を自分ひとりの力だけで走りきるのは大変だったので、『ぼくをひとりにしないでくれよ』と毎周、マルコに話しかけていたんだ。この優勝を、大変な苦痛を味わってきたマルコの家族とガールフレンド、そしてチームの皆に捧げたい。マレーシアの悲劇の後、ぼくたちは辛い思いで日々を過ごしてきたけれども、ファウスト(・グレシーニ、チーム監督)が、バレンシアに行く決意をしてくれて良かった。レースはマルコの人生そのものだったのだし、こうやってレースをすることが、彼を讃え、彼を送る最高の方法なんだ」

ピロが天を指さしてトロフィーを掲げる表彰台の下で、グレシーニ監督は黙って俯きながら涙を堪えていた。胸が張り裂けるような悲劇は、胸を熱くする勝利で報いられた。(モータージャーナリスト・西村章)