栃木県のツインリンクもてぎで行われた第15戦日本GPが開催の日の目を見るまでには、さまざまな紆余曲折があった。東日本大震災の影響で、当初に予定されていた4月24日のレースは10月2日決勝のスケジュールへと延期された。ところが、震災に伴う福島第一原発事故の影響を心配する選手や関係者から拒否反応が続出。最終的に選手たちが参戦を表明し、来日が決定したのは、9月中旬という有様だった。

レギュラーライダーたちの参戦が決定したのと同時期に、ある選手の特別枠参加がHRC(ホンダ・レーシング・コーポレーション)から発表された。現在、同社のテストライダーを務める伊藤真一だ。1993年から96年まで世界選手権の最高峰500CCクラス(当時)にフル参戦をしていた伊藤も、現在は44歳。今年は既に第一線を退いているものの、夏の鈴鹿8耐にも急遽参戦し、優勝を飾っている。伊藤が今年の鈴鹿8耐やモトGPに参戦することには、理由がある。宮城県名取市に暮らしていた伊藤は、3月の震災で自ら被災し、知人や友人を亡くした経験を持つ。退いたはずの華々しい表舞台に立つのは、被災した人々に活力を与えたい、という願いがあるからだ。

「東京にいると実感できないかもしれないけれども、東北はまだ復興からほど遠い。皆に元気を届けるために、自分ができる限りのことをしたい」18歳当時、シンデレラボーイと呼ばれた端正な表情を曇らせながら、伊藤は真剣な口調でレース前にそう語った。

「世界最高峰のモトGPにいきなり参戦して中段の順位を狙えるほど甘い世界でないことは充分にわかっている。予選ではうまくいけば14、5番手を狙いたい」

土曜の予選を経て得たグリッドは、最後尾の18番手。日曜午後3時に始まったレースは、気温や路面温度が低くなったため、転倒者やオーバーラン等が続出する波乱の展開になったが、伊藤はサバイバルレースを最後までしぶとく生き残り、最後尾ながら13位でチェッカーフラッグを受けた。

「なかなか思うようには走れなかったけれども、完走13位でよしとするしかないですね」

レースを終えて苦笑気味に語るその顔には、安堵の気配も窺えた。

「レース途中には体力的にも苦しくなってきたけど、『今回の目的は皆に元気になってもらうことなんだから、自分が苦しんでいる場合じゃない』と言い聞かせて、最後までがんばりました。44という年齢で、ひいひい言いながらも楽しませてもらいましたよ」そう言って笑ったあとに、ちらりと本音を覗かせた。「本当は、もっと行けると思っていたんだけどね」

今回の参戦は自分自身へのけじめという意味合いもあった、とも語る伊藤は、第一線を退きながらも未だに闘争心を失った様子がない。少なくともその精神は、今後もレーシングライダーであり続けるのだろう。(モータージャーナリスト・西村章)