圧倒的にボールを支配して、押し込みながらも0―0で迎えたハーフタイム。記者席では「後半から、宮間と大野を投入しなきゃ」の冗談の声が飛んだ。

しかし、ザック・ジャパンには、なでしこジャパンのような切り札はいなかった。前日に行われた五輪予選のタイ戦で、出場した途端に試合内容を激変させた、宮間あや、大野忍のような存在だ。

▽ハラハラが続く試合の出だし

まあ無理もないのかもしれない。なんといっても、なでしこジャパンは世界チャンピオン。一方のザック・ジャパンが相手にしたのは、昨年のワールドカップ(W杯)南アフリカ大会にも出場した北朝鮮。FIFAランキングこそ日本の15位に対して114位だが、なでしこジャパンとタイの間にある実力差に比べれば、その差ははるかに小さかったのかもしれない。

それにしても、ここのところのW杯予選の出だしに関しては、いつもハラハラさせられる。特に埼玉スタジアムで行われる試合だ。

確かに負けるという不安感はそれほどない。9月2日の北朝鮮戦でも、相手のシュートは日本の20本に対してわずかに5本。失点の可能性の脅威となるのは、元川崎フロンターレの鄭大世(ボーフム=ドイツ)と、ベガルタ仙台のキャプテンを務める梁勇基の一発ぐらいで、彼らを抑えれば敗戦は避けられるだろうと思った。

▽重要なのは「勝ち点3」

ただ、ホームで行われる最初の試合での引き分けは、感覚的には敗戦に等しい。1998年W杯フランス大会予選のときに、東京・国立競技場で韓国に逆転負けを喫してから、途端にチームの歯車が噛み合わなくなった。それを思い起こせば、今回は内容はともかくとして勝ち点3を得ることは非常に重要なことだった。

ところが「魔」の埼玉スタジアムである。2006年W杯ドイツ大会を目指したジーコ・ジャパン以来、このスタジアムは鬼門となっている。04年2月18日に行われたアジア地区第一次予選のオマーン戦も後半ロスタイムまで0―0の展開。最終的に久保竜彦のゴールで勝利を収めたが、まさに薄氷を踏む勝利だった。

この試合を教訓にしなければいけないのに、翌年のアジア最終予選、2月9日の北朝鮮戦でも終盤まで1―1の展開。ロスタイムに大黒将志が決勝ゴールを挙げたが、こちらも心臓に悪い試合だった。

▽芽生えつつある「勝者のメンタリティ」

そして、今回はもうないだろうと思ったら、またである。フラストレーションがたまる時間帯が長かった分、余計に吉田麻也の決勝ゴールが劇的に映ったが、快勝を期待していた人たちからすれば「もう、いい加減にしてよ!」という感じだったのではないだろうか。

試合内容では圧倒しながらも接戦に持ち込まれる。それは決していいことではないが、考えようによっては逆の見方もある。勝たなければいけない試合に、最終的には勝ってしまう。それは日本に「勝者のメンタリティ」が生まれているという事実だ。

▽あの「ゲルマン魂」の正体

1998年のフランス大会でW杯初出場を果たした当時のチームに、このような勝ち方ができただろうか。韓国戦の敗戦から、中央アジアで急激に雰囲気を悪化させたあのチームには、今回の試合で勝ち点3を得るのは難しかったのではないだろうか。

よく、とんでもない逆転勝ちを収めるかつてのドイツ代表に対して「ゲルマン魂」の勝利といっていたが、それはゲルマン魂ではなく、あくまでも勝者のメンタリティが備わっているかの問題。その勝者のメンタリティは、苦しい試合に勝つことを積み重ねることのみによって備わってくるのだと思う。

▽結果としては「効果的な薬」

結果的に1―0の勝利を収めた今回の北朝鮮戦をポジティブにとらえよう。香川真司を筆頭にニュースターが続々と登場する日本だが、アジア予選を戦った経験を持つ選手は、北朝鮮戦で登録された23人のうち半分以下。W杯の本大会の経験があっても、まったく違う。

遠藤保仁、長谷部誠、駒野友一、今野泰幸、内田篤人、中村憲剛、阿部勇樹、岡崎慎司の8名以外の選手は、「アジア予選は簡単にはいかない」という思いを強めたろう。その意味でも経験の少ない若手にとっては、とても効果的な薬になったのではないだろうか。

▽ザッケローニ監督のイタリア人気質?

そして、ザッケローニ監督だ。なかなか点が取れなかったことについて問われると、「ゴールに入る確信はなかったが、少なくともそこまで(シュートまで)いく確信はあった」と語った。

ウディネーゼやACミランで攻撃的なサッカーで名を高めたザッケローニ。考えてみると、彼はイタリア人。伝統的に、イタリア代表のサッカーは1点差をつければ、無理して追加点を奪いにいくことはない。

そんなカルチョ(サッカー)文化で育った指揮官は、圧倒的な点差で勝ってもらいたい日本人と違って、点が入る時間帯こそ遅かったが、「勝ったからいいじゃない」と案外思っているのかもしれない。そこは「あくまでも攻撃」のジーコのブラジル人気質とは異なるだろう。

▽ブラジルへの道が始まった

とにもかくにも、初めて一国の代表チームを率いての、ザッケローニのW杯予選での初勝利。おめでとうと言いたい。そして、ここから2016年ブラジルへの道は始まった。

台風12号の影響を受けた強風の中で行われた一戦。劇的な結末だったがゆえに、よくも悪くも人々に「ワールドカップ予選が始まった」と認識されたのではないだろうか。

岩崎龍一[いわさき・りゅういち]のプロフィル

サッカージャーナリスト。1960年青森県八戸市生まれ。明治大学卒。サッカー専門誌記者を経てフリーに。新聞、雑誌等で原稿を執筆。5大会連続でワールドカップの取材を行っている。