イタリア・リミニ近郊のミザノサーキットで、9月4日に決勝レースが行われたモトGP第13戦サンマリノGPに、日本人選手の小山知良が急遽参戦した。2週連続開催だった前戦第12戦の練習走行で、テクノマグCIPモト2チームに所属するケナン・ソフォグル(トルコ)が足を骨折し、代役として小山に白羽の矢が立ったのだ。小山は昨年まで125CCクラスで世界選手権を戦っていたが、今年はシートを喪失。世界復帰を目指してテクノマグCIPからスペイン選手権や全日本選手権にエントリーし、モト2クラスで戦っている。チームにとっては、グランプリ経験が豊富で自らのチームに所属する小山を指名するのは、当然の成り行きだった。

昨年のサンマリノGPでは、9月5日のMoto2クラス決勝レース中に、富沢祥也が11コーナーで転倒し19歳の若さで逝去したが、じつはその富沢の所属チームがこのテクノマグCIPだ。当時125CCクラスに参戦していた小山は、その場に居合わせた数少ない日本人のひとり。今年の決勝レースは一周忌の一日前だが、ほんの数日前まで訪れる予定のなかった場所へやって来た数奇な経緯に、小山は「祥也に呼ばれたとしか思えない」としみじみした表情で語った。

決勝前日の土曜日には、日本から富沢の両親、輝之さんと有希子さんも駆けつけた。アラン・ブロネック監督に温かく迎えられ、富沢の使用していたゼッケン48を襟に配したチームシャツを着た両親は、「昨年のレースでは、祥也はゴールすることができなかった。今年は祥也の分まで、小山さんに完走を果たしてもらいたい」と話す。

小山は、土曜日の予選で28番グリッドからのスタートになった。決勝レースでは、1周目に他車複数台の転倒に巻き込まれそうになり、ほぼ最後尾まで順位をおとした。が、そこから徐々に位置を回復。最後は20位でチェッカーを受けた。スペイン選手権や全日本での経験があるとはいえ、何もかも環境が異なるうえ、しかも数日前に参戦が決定した状態でレギュラー選手に割って入ったのだから、上々の結果といっていいだろう。

「1周目の転倒に巻き込まれていたら、完走どころじゃなかった。きっと祥也が見守ってくれたのだと思う。最終ラップの11コーナーでは、『祥也、一緒にゴールするぞ』と呼びかけて、チェッカーを受けました」

モータースポーツが盛んなイタリアでは、昨年の痛ましい出来事は人々の脳裏に強烈に焼き付いている。富沢の明るい性格を愛していたレースファンたちは、小山と富沢のゴールを温かい拍手で迎えいれた。今後も、ここミザノサーキットにグランプリがやってくるたび、人々は富沢のことを思い出すだろう。

そして小山は、10月2日の第15戦日本GPでも、特別枠としてふたたび参戦をする予定だ。(モータージャーナリスト・西村章)