これほど情報にあふれた時代になると、我々は『西遊記』でいう「釈迦の手の上」を痛感しがちかも知れない。たとえ自分の才能におごりがあっても、少し調べるだけで、「凡人な自分」が見えてくる。それでも、夢中で何かに取り組んでこそ、時には「神業」の習得も見えてくるのだが…。

その点で新本亜也は、ほどよく鈍感だった。

「オリンピックでメダルを取りたい。だから、プロに行くのはやめます」

そう進路変更した彼女を、大半の人間が無謀と思っていた。当時の女子ボクシング界では、プロで日本人世界王者の誕生が相次ぐ一方で、アマでは、世界選手権に日本が初出場し、世界との大差を見せつけられたばかり。新本は、その日本代表の補欠だった。第一、これは、女子ボクシングが、五輪に採用される前の決意である。しかし新本は、強い信念とプラス思考で、ボクシングに没頭した。

キャリアをひも解くと、名門、広島・広陵高校のボクシング部から始まった。学生時代は、相手の顔を目がけてアタックする一辺倒。だが、国際大会を経験するごとに、明確な成長が出始める。新本は1度負けた相手に、ことごとく借りを返した。唯一、連敗を喫した相手も、世界選手権2連覇中のレン・ツァンツァン(中国)のみ。1回目は4対13で完敗したが、2回目はアウェイの中国で、4対6と一気に差を縮めた。そして、「ロンドン五輪と双璧を成す難易度」といわれたアジア大会・51kg級のトーナメントでも、新本は銅メダルを獲得している。

「見た目も孫悟空(西遊記の主人公)に似てるでしょ?猿みたいだから」

157センチの小柄な新本が、得意げにそう言った。練習の拠点は、今も広島だが、東京へ来る際は、男子との実戦を重視している。男子の日本代表クラスとフェイントをかけ合っていれば、女子選手との駆け引きは、すべて凌駕できるというのが狙いだ。

「今も広陵高校の山本(保義)先生から、理論を学んでいますけど、それが3割。残りの7割は感覚です。言葉にできない感覚を、天才のマネをすることで養っていきたい」

いつしか口にする持論も高度になっていた。

「やる前から“これは凡人にできない"とか“日本人には無理"とか思ったことは一回もない。とりあえずやる。でも、一個思うことがあるんです。オリンピックで優勝するには女じゃダメ。男子と同じ域を目指さないと(笑)」

冗談交じりにそう言って、浮かび上がらせた上腕二頭筋は、以前より太くなっていた。今夏は、地元で、科学的な肉体改造に励んだという。

「今、国際大会で取っているメダルが、銅、銅、銀、銀の順で来ているんです。だから次は金で、その次も金。それから先もずっと金メダルです!」

女・孫悟空は、勢いという名のキントウンに乗って、世界の頂点まで飛翔する。(善理俊哉)