中東で最も西洋文化に寛容であった国のひとつ、それが1979年のホメイニー革命以前のイランだった。ポップスといえば、欧州風の美貌の歌姫グーグーシュのラブソングが大衆の人気を席巻していたこの国で、革命直後にベートーヴェンからビートルズまで総ての西洋音楽を禁じるお達しが公布され、イランは“神の国"へと変貌を遂げてしまう。革命が成就する前後、これまでと価値観のまったく異なる国の行く末に不安を感じた人々は、こぞって海外へと飛び出していた。

激動の70年代後半のイランに生まれ、英国南部に逃れた家族のもとで国外退去の不安と背中合わせで育ったのが、強打で鳴らしたタカルーだ。打撃戦上等で人気が沸騰し2001年にはWBU認定の世界スーパーウエルター級王座を獲得し、マイナー団体の王座ゆえ参考記録だが、イラン人初の世界王者として歴史に名を残す。

亡命イラン人の多いロサンゼルスが発火点となり、タカルーの米国でのビッグファイトも計画されたが、英国の滞在条件が国外出国を認めておらず、これは実現しなかった。以降、念願の英国籍を得るも、強打は湿りがちになり、3年前の英国南部王座決定戦での7回TKO敗を最後に表舞台から消えていた。

そのタカルーが復活を宣言した。来たる9月15日、テレビ局「スカイ・スポーツ」提携の「プライズファイター」への参戦である。出場者は8人。ラウンドは、1試合3回戦。初戦から決勝戦までを一晩で決めるトーナメントだ。第1回大会(ヘビー級)では、当時37歳のタクシー運転手マーティン・ローガンが、五輪優勝者オードリー・ハリソンを破る波乱。第8回大会(ヘビー級)では、堕ちた英雄ハリソンが奇跡の優勝を果たし、これを機に世界王座挑戦を実現させた。

今回のスーパーウエルター級大会も話題に事欠かない。参戦者8人のうち、4人は無敗の新鋭。戦績は冴えないが、ブログで人気の異色の「ツイッター戦士」ジェフ・トーマスは愛読者を総動員して主催者に出場を直訴、押しかけ参戦が認められた。復活に腕をぶすタカルーは、この9月3日に4回戦で再起戦(前哨戦?)を強行し、大差の判定勝ちを飾っている。(草野克己)