首位ヤクルトの首根っこを掴み、さあ得意のヤクルト戦と意気込んだ9月9日からの3連戦で3タテを食らった。阪神はあっという間に勝率5割を割り込み、4位に転落してクライマックスシリーズ(CS)圏内の3位もぎりぎりの状態にある。

▽菅が先か、真弓が先か

この急失速にトラファンは「オイ、コラ真弓、さっさと監督を辞めろ」と怒声を浴びせる。勝利の時に歌う「六甲おろし」の時とは打って変わって「俺の生活、どうしてくれるんや」とくる。期待の分だけ失望も大きいのだ。

今シーズンの阪神は、中日と最後まで競り合っての2位だった昨年の成績や、真弓監督が3年目を迎えてのチーム掌握度も期待され、優勝候補に推す野球評論家も多かった。ところが、出足からつまずき、一時は負け越しが11の2桁となり、関西のスポーツマスコミは「辞めるのは菅首相が先か、真弓監督が先か」と騒ぎ立てたものだ。

▽代名詞はお家騒動

ファンは「優勝あるのみ」であるのは洋の東西を問わず同じだが、以前阪神の担当記者だった身としては、「今は勝ち負けを争っているから幸せだろう」などと、つい思ってしまう。

かつての阪神といえば、お家騒動が代名詞のようなものだった。私は金田正泰氏から吉田義男氏が監督になる1975(昭和50)年前後に担当になった。フロントと監督、監督と選手の確執、OBも含め選手同士の勢力争いなど、各勢力に食い込んで主導権を握ろうとするマスコミも巻き込んでの壮絶な争いだった。

▽優勝から2年で“石持て追われ"

3度にわたって監督を務めた吉田氏は2度目の監督時代の1985(同60)年に、掛布、バース、岡田らを擁して、球団史上唯一の日本一に輝いたのだが、2年後には“石持て追われる"ように退団している。

その直後に出版した著書のタイトルは「監督がみた天国と地獄」。後任は吉田氏のライバルの村山実氏で、こちらも2度目の監督就任だった。成績が悪いと、監督の首をすげ替るだけで済ませた歴史があった。

▽脆弱なフロント

また、伝統ある球団でありながら、プロ野球界をリードする意識にも欠け、時として巨人の“暴走"を許す結果となったと思っている。

原因ははっきりしていた。球団フロントの脆弱さであった。そこに一石を投じたのが、つい先日亡くなった久万俊二郎前オーナー(阪神電鉄元会長)だった。直接取材したことはなかったが、記憶では野球はあまり好きではなく、阪神タイガースも電鉄と同じように、採算性や近代化を求めたように思う。こうした理念のもと、約21年間のオーナー時代に球団を大きく変えたと評価された。

▽優勝を争える球団に

野村克也氏、さらに星野仙一現楽天監督を監督に就任させたが、野村氏の前には、阪急や近鉄を監督とした強いチームにした西本幸雄氏を招こうとしたとも伝えられた。

過去にもブレイザー監督や中西太監督など外部からの人材を求めたことはあった。因習に打ち勝てないフロントがその弱さから、“外様監督"たちを守り通せなかったのだが、この10年はリーグ優勝2度など3位以内が6度を数えた。

久万氏は野村氏からは「監督も大事だが、編成部は球団の心臓部」と説かれ、星野氏には「チーム補強のやり方」つまり金の使い方を教えられたそうだ。こうした成果もあってか、阪神が優勝を争える球団に変わったのは間違いない。

▽“真弓切り"はやめた方がいい

「それがどうした。今年が問題や」と言われそうだが、来年まで契約がある真弓監督を切ることだけはやめたほうがいい。もし敗れたとしても、監督の首を切るだけでは意味がない。フロントは敗因の徹底的分析に着手すべきである。

ファンには「六甲おろし」を歌って憂さでも晴らしてもらうしかない。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。共同通信社では東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。編集委員、広島支局長を務める。現在は大学野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆。