明治大学野球部には月初めとリーグ戦当日の朝に「参拝」という行事がある。野球部敷地内にある、野球部功労者2人の胸像の前で部員全員で校歌を斉唱して、気持ちを一つにするというものだ。

▽底流にある「気」

これを始めたのは、胸像の1人である故・島岡吉郎元監督。当時の旧合宿所にあったのは商売繁盛や家内安全の「お稲荷さん」で、そこから明大野球部に参拝の名が残っている。

島岡元監督といえば大学野球の名物監督の一人で、ピンチやチャンスの時の選手へのアドバイスは「なんとかせい」だった。そんな島岡元監督にプロ野球楽天の星野仙一監督は大学4年間で育てられた。その底流にあるのは「気」なのである。

▽「勝てるチーム」への期待

星野監督は中日のエースとして146勝121敗34セーブを挙げ、監督としても中日で2度、阪神で1度、リーグ優勝を果たしている。日本代表監督を務めた2008年の北京五輪ではメダルなしに終わり、評価が分かれたが、この前後には、巨人の監督候補に挙がったり、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)監督の有力候補になったりもした。

楽天が09年2位に押し上げた野村克也監督を切り、招聘したブラウン監督をわずか1年で辞めさせても、星野監督に期待したのは「勝てるチームに変えてほしい」からだ。

▽さまざまなタイプの監督

監督にはいろいろなタイプがいる。自らじっくり選手を鍛え上げる西本幸雄氏(阪急、近鉄)、カリスマ性を発揮して選手の意識を変え、徹底した管理野球で比較的短期間に結果を出す広岡達朗氏(ヤクルト、西武)、データ野球を選手に教え込みながら強くする野村監督(南海、ヤクルト、楽天)など、実にさまざまだ。

では、星野監督はどんな監督なのか。楽天は打線の不振と抑え投手不在で、交流戦でも競り負ける試合が多く、勝率は5割を割り込んでいる(6月1日現在)。還暦を過ぎた星野監督はさすがに中日監督時代のように選手に手は出さなくなったようだが、ベンチで口をへの字に曲げ、敗戦後は壁を蹴り上げる回数が増えているとか。

「あれでは選手が萎縮する」と指摘する向きが多いが、案外、計算ずくでやっていると思う。「気」を前面にチームを戦う集団に変え、そしてチームづくりを進める腹づもりだろうが、肝心なのは球団フロントと一体となれるかどうかである。

▽実はGM向き?

先日、巨人の清武英利球団代表がゼネラルマネジャー(GM)を兼務すると発表された。巨人に限らず、各球団とも試行錯誤しながらGMの人材を求めてきている。

阪神で監督退任後にオーナー付のシニアディレクターをやっていた星野監督は、実はGMの方が向いているのではないかと思う。ただ、日本で選手出身のGMが育たないのは、ユニホームを着ている方が高い年俸を取れるからだ。

その監督にGMの権限まで渡しているケースも多い。だが、日々の勝負に追われる監督に、10年単位のチームづくりはできない。ここがメジャーと決定的に違うところだ。

いい例がある。拙著に書いた故・根本陸夫氏で、広島、西武、ダイエーなどを優勝を争える球団につくり変えた。その手法はまず監督をやって選手の力量を計り、その次にフロント入りして、勝てる監督や選手を揃えていく。まさにGMだった。

▽楽天、どこへ行く!

星野氏が手本とするのは誰か。私はV9の元巨人監督の川上哲治氏だと推測する。理由は星野監督が川上氏と同じ背番号「77」を付け続けているという単純なものなのだが、その川上氏は「管理野球の元祖」である。さて、星野監督よ、楽天よ、どこに行く!である。

田坂貢二[たさか・こうじ]のプロフィル

1945年広島県生まれ。立命館大学卒。スポーツニッポン新聞社記者を経て、70年共同通信社入社。東京、大阪を中心に長年プロ野球を取材。ノンフィクション「球界地図を変えた男 根本陸夫」(共著)等を執筆。