ロードレース世界選手権(モトGP)第3戦ポルトガルGPのモト2クラス決勝で、高橋裕紀(グレシーニレーシング)が3位表彰台を獲得した。表彰台に上がった高橋は、一週間前の4月日に交通事故で23年の生涯を閉じた弟・江紀の遺影を胸に抱いていた。

江紀は、兄の裕紀が所属していたダイドーレーシングから2005年に全日本選手権へ参戦。以後はホンダ系のチームでレース活動を続け、モトGPの250CCクラスやモト2クラスにもスポット参戦した。今季からは、カワサキ系のチームへ移籍。4月23日は、桶川スポーツランドで行われた東日本大震災チャリティーイベントに参加していた。イベントを終えて日付が変わった24日未明、乗用車を運転中に対向車線を走っていた車両に衝突した江紀は、約12時間後の同日午後に息を引き取った。

弟の死から4日後、ポルトガルGPが行われるエストリルサーキットで高橋裕紀は、「いつもどおり、自分のために自分のレースをしようと思います」と語った。「過去を振り返っても何も変わらない。いいリザルトを獲得して自分が喜べば、きっと江紀も喜ぶと思う。だから、いつもと同じように、自分にできることをひとつひとつしっかりとこなしていこうと思います」

平素と同じレースウィークを過ごす、と口では強調するものの、胸中に期するものがあることはいうまでもない。ヘルメットとマシンのフロントスクリーンに江紀のステッカーを貼り、喪章を腕に巻いてピットに現れた裕紀は、金曜の練習走行一回目から気迫のこもった走りを披露した。この日は午前午後ともトップタイム。土曜の予選を終えた段階でも、「走りのリズムは悪くない。明日は行けると思います」と優勝争いを視野に入れていた。

決勝レースは、終盤にトップから離れたものの3位でゴール。ようやく緊張のほぐれたクールダウンラップでは、こみ上げてくるものをもはや抑えることができず、ピットレーンに戻ってくると、ヘルメット姿のままマシンに突っ伏して肩を震わせた。

「レース中盤からバイクが暴れ始め、トップとは同じタイムで走れるけれども、差を詰めることができなくなった。何度か転びそうになったけれども、そのたびに江紀が救ってくれました」と振り返った。表彰式後の記者会見でも、江紀の遺影を抱いて臨んだ高橋は、「ここに来るまでに(己の感情を)すべて吐き出してきたつもりだったけど、ダメでしたね」と、ホッとしたような照れ笑いを見せた。

兄とともに世界選手権の表彰台に上がった弟も、いつもどおりの穏やかな笑顔を額装の中でうかべていた。(モータージャーナリスト・西村章)