「英国史上、最も大衆に愛されたボクサー」が、今年5月1日に76歳の生涯を終えた。その2日後、米国のニュース専門放送局CNN(電子版)は、「ヘンリー・クーパー:最も偉大な男からダウンを奪った最初の男」と、この訃報を伝えている。1963年6月18日、英国にて、同国および英連邦ヘビー級王座2冠王のクーパーの左フックが、若き日のムハメド・アリ(米国=当時はカシアス・クレイ)から痛烈なダウンを奪った4回終了間際の有名な写真とともに。

正確には、偉大なアリを最初にダウンさせた男は、デトロイト出身のソニー・バンクスなのだが、CNNでさえ事実を誤認してしまうほどに、クーパーが奪ったダウンは歴史的な一撃だったのだ。

意識が飛んだアリのため、5回開始までの時間稼ぎにと、名伯楽アンジェロ・ダンディーがアリのグローブの縫い目を裂き、主審に交換を訴える「芝居」を打つ。結果、初の敗北寸前で蘇生したアリが5回開始と同時に逆襲し、クーパーにTKO勝ちしたという逸話も、これまた有名だ。「稼がれた」時間は、長い間、約1分半と信じられてきたが、現存するフィルムから、規定の1分間のインターバルに6秒多いだけだったことが今日では知られている。いや、フィルムは短く編集されていたという説もあるが、どちらでもいい。クーパーを語る際、重要なのは、アリ戦の一撃だけで、英雄となったわけではないということだ。

英国王室から大英帝国勲章OBEを授かったのは69年、同じ年にビートルズのジョン・レノンが政府の政策に抗議して返還したMBEより格上の勲章だ。2000年に授かった「ナイト」の称号は、英国ボクシング史上初で、今日でも唯一のもの。さらには、サッカーのデビッド・ベッカムや、マイケル・オーウェンでさえ1回きりの授賞で、伝説的名選手のボビー・チャールトンや、ジョージ・ベストが取り逃したBBC(英国放送協会)年間スポーツ大賞では、67年にボクシング史上初の受賞者に輝き、70年には同大賞史上初となる再受賞を果たしている。

かつて英国には、コロンをつける男は女々しい奴という固定観念があったのだが、クーパーが男性用フレグランス「ブリュット(ブルート)」のさまざまなCMに出演したことで、以降、その偏見がなくなったという説からも大衆的な人気のほどがうかがえるではないか。(草野克己)