複数階級での王座制覇や王座の連続防衛だけが記録ではない。敗戦が勝利の数を大きく上回る「怪記録」なるものもボクシングには存在する。近年では、歴代2位の敗戦数である32勝(8KO)256敗12分けを記録した英国のピーター・バックリーのように、「勝てないが倒されもしない美学」を貫き、リングの「教授」とまで呼ばれた拳豪もいたりする。

実際、フェザー級からウエルター級まで闘い、元あるいは将来の世界王者たちとの対戦は2桁を超える経験値を誇ったバックリーだけに、2008年10月の300試合目の勝利で引退するまでの最後の6年間だけで114試合も闘っているが、一度もKO・TKO負けを喫していない。まさに「教授」の矜持だろう。

現在、敗戦の数では及ばないものの、バックリーの「美学」にも通じる誇りをもってリングに上がっている拳豪が、よりによってプロボクシングの興行を禁止している北欧の国ノルウェーにいる。現地で漁業の仕事に携わる37歳のロシア人ヘビー級ダニイル・ペレチャトコは、同国の暮らしに満足しているゆえ、国外に出かけては試合を行い、その戦績は今日まで17勝(7KO)29敗。

けれども侮るなかれ、アマ時代はロシアの軍人選手権で準優勝の実績があるだけに、とりわけ、活況を呈する英国ヘビー級の新鋭たちの実力査定試合に重宝されているのだ。なにしろ、10勝(9KO)1敗の強打の英国南部王者ラリー・オルバミウの唯一の黒星も、このペレチャトコによるものなのだ。

だから、英国「ボクシング・マンスリー」誌の昨年9月号誌上でも、ヘビー級新鋭たちに対峙する「門番」としてのペレチャトコの仕事人ぶりを報じているほど。ところで昨年9月、このペレチャトコがロシアに飛び、とある新人のデビュー戦の相手をして2回負傷判定勝ちを飾ったのだが、敗れたロシア人ユーリ・ポターニンも「怪豪」ぶりでは負けてはいない。なにしろ、47歳でのデビューなのだ。これもまた記録だ。

初陣を飾れなかったポターニンだが、果敢にもその翌月に、2試合連続で世界王座挑戦失敗のウクライナ人強豪の再起戦の相手となり、6回TKOで敗れている(フリーライター・草野克己)